猛暑、酷暑が始まりました
考えてみれば、もう7月中旬ですからね
学校ももうすぐ夏休み・・・という時候となりました

東都では、いよいよ安保法案採決に踏み切ることになりそうです。
多勢に無勢ではありますが、何とかなりませんかね。
「秘密保護法案」の時の光景がよみがえってきます。
自衛隊の活動の制約を少し緩め、隊員の生命にも責任を持つべきであるという点では与野党ともだいたい一致しているように見えます。
でも、この新法案だと理論上では、世界中どこにでも地上部隊でさえも派遣できるということになりませんか。極東・東アジア地域での米軍の負担が減れば、それだけでもアメリカ政府としては助かるはずだと思いますがいかがでしょうか。

大きな事から小さな事まで、異論や異議があっても黙っていると、しだいに歯止めがきかなくなって軌道修正もできなくなってしまうという場合もあります。幸いなことに、この国では大きな事に異議を唱えてもめったに自分の身に「存立危機事態」が起こる心配はありません。かえって小さな事、例えば家庭内のいざこざや町内のもめごとに口をはさむ方が面倒なことになる場合もあります。

名誉ある撤退とか勇気ある自制なんてことばは甘いという人たちもいるかもしれませんが、何度も何度も理不尽な進路変更を強いられた経験がある身としては、やっぱりひとこと言いたくなります。

















  めげずにいますか

 今さらわたしが言うまでもなく、ワールドカップで女子サッカー日本代表チームが決勝を戦います。
決勝戦は日本時間の7月6日(月)午前8時キックオフ予定ということですが、その前日の今朝8時頃に試合前の公式記者会見がライブ中継されました。
世界大会ではどの競技大会でもこういう記者会見の場がもたれるのでしょうか。

 URLのところをクリックすると、リンク先に飛びます。
(youtubeより)
日本チーム会見  Japan - Match 52 - Pre-Match Press Conference
https://www.youtube.com/watch?v=lrBM6U3kgyA
アメリカチーム会見  USA - Match 52 - Pre-Match Press Conference
https://www.youtube.com/watch?v=cIHw0sdvVoY
   ( Match52 というのは決勝戦が大会52試合目であることらしい)

FIFA公式サイトより
http://www.fifa.com/womensworldcup/matches/index.html

にわかファン、都合のいいときだけファンのブログアップです。
(こういう人をサポーターとは呼べないでしょう)

話は変わりますが、
女子サッカーに限らず、日本代表チームが名のある国際大会で決勝戦まで勝ち上がるというのはめったにありません。

女子マラソンが登場したとき、われわれは驚いたものですが、さらに金メダルを勝ち取る日本選手が現れるようになりました。
欧米のスポーツだと思っていたフィギュアスケートでどんどん優勝者が出るようにもなりました。
日本の女性もたくましいどころかどんどん強く、剛毅になっていきますな。







 お元気ですか

先日、映画の都ハリウッドの Walk of Fame (有名人の歩道)に三船敏郎(1920~1997)さんの銘板が刻まれたとのことです。
黒澤明監督も三船敏郎無くして世界的監督にはなれなかったし、三船さんも黒澤映画に起用されなければ世界的大スターにはならなかったでしょう。
日本人=サムライ(SAMURAI)というイメージを作ったのも、三船敏郎によるところが大きいのではないかと思います。一説によると、スターウォーズに登場する剣劇シーンも三船に代表される浪人武士の殺陣を参考にしたとか。
わたしがリアルタイムで三船作品を観はじめたのは「レッド・サン」というチャールズ・ブロンソン、アラン・ドロンの日・米・仏の三スターが共演した映画で、アメリカの荒野で日本の名刀を守り抜こうとする武士とそれに関わる癖のある二人、という少し風変わりな作品でした。

レンタルビデオやDVDが登場して普及する以前は、昔の映画といえばたまにテレビで放映されるか、どこかでリバイバル上映される時に観に行くしかなく、黒澤映画特集上演会などの催しがなければ、有名な映画作品でもめったに観る機会はなかったのですね。
それが今では昔の映画がどんどん復刻され、画像・音声もデジタル処理で鮮明にしたりしてDVDやBluray化されて復活してくるのです。

映画界に入るまでの三船敏郎の歩みも非常に特異なものなのですが、それはちょっと置いておきます。
映画デビュー作が1947年(昭和22年)の「銀嶺の果て」(監督・谷口千吉、脚本・黒澤明)で主要脇役として採用されました。三船が27か28歳の時で、野性味と繊細さとあくの強さを感じさせる青年を演じています。この作品で黒澤は俳優三船に括目したのです。(また、これは山岳映画の名品でもあります。)翌48年、黒澤監督の「酔いどれ天使」で志村僑と二人主演に抜擢され、さら49年に同じく黒澤監督「静かなる決闘」、「野良犬」に主演して映画スターの地歩を築いていきます。彼が黒澤監督と共に国際的に認められていくのは、翌50・51年の「羅生門」や54年(昭和29年)の「七人の侍」以降のことです。

さて、
昔の映画、特にその時代の現代映画は、当時の社会の雰囲気や人心を推測するよい手がかりになります。自分の幼い頃や親や祖父母の時代のムードの一端をうかがい知る手がかりになります。 またオジンのたわごとか、などとそしるなかれ。 二十歳くらいの青年でも十数年前の作品から、自分の幼少期の世の中の社会感覚のようなものを感じ取ることができます。

上記の「酔いどれ天使」は<結核>がまだ死病だった時代の物語です。「静かなる決闘」は恐ろしい性病だった頃の<梅毒>の物語で、両者ともに細菌性の伝染病(感染症)です。この数年後に菌そのものを殺す抗生物質が普及して比較的容易に治療・回復できる病気に変わっていきますが、この頃はまだまだ恐ろしい病いだったでしょう。
同様の細菌性感染症であるハンセン病は日本では特異な扱われ方をしたことは多くの人がご存知でしょうが、この病気に関連する映画作品もいくつかあります。

とりとめもなく書き連ねましたが、小生の頭がとりとめなくできているのですから仕方ありません。

意外なことに、三船敏郎の本格的評伝が昨年になってようやく出版されました。
「サムライ 評伝・三船敏郎」 松田美智子著 文芸春秋社