Aです。



おはようございます。

新年度がスタートしましたね。

ニュースで入社式の様子を見て胸がチクッとしています。



今日の内容は長くてあまり面白いものではないですが、

「こんなことってあるんだー。何てこったい」と、

皆様に知ってもらえればと思って、

書きます。

お時間のある方ご興味のある方どうぞです。

リブログ拡散もどうぞです。



上の娘の卒業がお預けになった話です。

100%ノンフィクションです。



上の娘、23歳。

この春大学を卒業して、

高校の英語教師になる予定でした。

しかし、3月中旬。

卒業予定者の名簿に名前が載っておらず(学生専用のネット掲示板)、

卒業式の案内も来ないという事態に家族は頭がマッシロになりました。

本人は大変取り乱しておりました。



もう、我が家は訳がわからない非常事態でした。


とにかく、何がどうしてこうなるのか、

「うそでしょ」しか言葉が出て来ない。



ひとつずつ事態を理解しなくては。


混乱しながらも娘が大学に問い合わせをしたら、

「単位が足りません」

「あなたは卒業出来ません」と言われました。

そんなバカな、足りるはず。

何度も何度も計算している、と娘は学科長、教授、学事センター、課程センター、など、

各方面に問い合わせをしました。



ちょっとややこしいのですが、

娘は交換留学していて、

アメリカの大学で取得した単位を、

日本の大学に持ち帰って学科(英文科)の単位に換算出来る制度があり(出来ない授業もあります)、

それに関しては行く前も帰ってからも慎重に計算して、

きちんと換算して卒業単位の一部に組み込んでいました。



さらに、教員になるために教職課程の授業も取る必要があり、

それらは全部で20単位でした。



卒業に必須の学科128単位+教職課程の20単位=148単位が、彼女には必要でした。



毎年もらう履修要覧という分厚い冊子を見て慎重に計算して、

2016年度スタート時に学事センターに出向き、

「自分はこの授業を取りますが、これで卒業出来ますか?」と”対面“で職員に確認とアドバイスをもらいに行きました。

※学事センターとは、学生の単位や卒業や留学その他諸々の問い合わせに応じる部署です。

学事センターの人は履修要覧を見ながら

「大丈夫です」と言ったそうです。

取った授業の単位を落とさなければ大丈夫、

ということで年度がスタートし、

春。

授業をきちんと受け、

教育実習をこなし、

授業は落とさず148単位取ったので卒業は確定となり、

塾のバイトに復帰し。

夏。

就活は5次面接まで通って、高校から内定をいただき、

卒業式に着る袴と着付けを予約し。

冬。

半年以上かけた卒論を完成させ提出し、

留学仲間とスペインで再会し、

就職予定だった高校では研修も受け、受け持つ学年も決まり。

最後3月は、大阪で教師をしている留学時代の友達のところに遊びに行って、

自分の卒業式を見に来てくれるということで、

一緒にこちらに帰って来ることにしました。




それが大阪に行く直前に「卒業出来ない」事態になったのですが、

何でだと思いますか?




「大丈夫ですよ」と言われて取った授業が、

前期の途中で、

「卒業単位に充当出来ない授業に変更になった」

からです。



年度の途中で。

授業を受けて成績もついたのに、

卒業単位に含まれない授業を受けていたのです。

何も知らずに。

そうとは知らずに。



それが4単位でした。

だから卒業するのに学科の単位が4単位足りなくなってしまったのです。

148単位取ったのに、4単位は卒業と関係なくなっていたなんて。

何で教えてくれないんでしょう?



大学側は、

個別にはお知らせしてはくれません。

全てネット(掲示板)に学生自身が情報を取りに行かなければならないことにはなっています。

それはわかっています。

でも、年度当初にOKと言われてスタートしたそんな大事なこと、

途中で変更になるなんて思わないですし、

大学の都合で中途変更するのなら、

その授業を履修している学生と履修状況を把握しているでしょうから、

一言あってもいいと思います。

青天の霹靂すぎます。

“重要な変更があるからチェックして下さい”って掲示板の1番上にあってもいいんじゃないかと思います。



娘は詳しい話を聞くべく学事センターに出向き、

私も同行しました。

娘は、

年度当初に「大丈夫ですよ」と言われた時と同じ職員に、

「足りませんねえ」と言われたのでした。

何ですかこの対応。

「ここに変更のお知らせは載せてあります」

とノートパソコンを開いて教えてくれたのですが、

掲示板を何度もクリックして、

何ページも開けて、

たくさんのお知らせに混じって、

ほそーく一行確かに書いてありましたね。



そして言われました。

「4単位、余計に取ってなかったんですか?」

って。

あなたに年度始めに「大丈夫」って言われたから取りませんでした、と。

言いたかったけど言いませんでした、娘。

それに、教職課程の授業が大変で、余計に取る余裕がなかったのもあります。

あちらはずっと神妙な面持ちで話していましたが、

大学側に責任はないと顔に書いてありました。

情報をチェックしなかった学生側のミス、

余分に単位を取得していなかった学生側のミス。

そういう事なんですね。



どうにもならないこの事態にどう向き合えばいいのか。

心に抱ける限りの負の感情。

悲しみ、怒り、後悔、焦り、呆然、否定、不安、恐怖、不信、憔悴、絶望、絶望、絶望・・・。



この気持ちをかかえながらもすぐにやらなくてはならないことがありました。

内定をいただいた高校に事情を説明しに行くことです。

大学からは「何かあれば教授と学科長が高校に出向きます」と言われていましたが、

内定先の高校の校長先生は「それはわからないよね、大学がもう少し言ってくれればいいのにね」と、

寛大に対応して下さいました。

しかし内定はなくなり、就職は白紙となってしまいました。

しっかり足を踏みしめて歩いていたのに最後の一歩で大きな穴に落ちてしまった・・・という表現では表しきれない、例えようのない空虚。

変更があった時点で気づいていれば、

後期の授業で取り直して単位はしっかり取ったでしょう。

そもそも何故、年度の途中で単位の取り方を変える必要があったのか?

それって2017年度(新年度)からじゃ駄目だったのか?

不思議でなりません。

下の娘も「そんなのひどくない?うちの大学はもう少し親切だよ、てか年度途中で変えないでしょ」とひたすら姉が気の毒だと言っています。

夫は勤め先の上司に、娘が4月からも扶養から外れない旨を話し、理由を説明したら「そんな不親切な」とびっくりされたそうです。

私はat one timeスタッフに話したら、目をまん丸くされました。
3人でプリンを食べながら告白したのですが、味がわからなかった、と(笑)。



このようにして上の娘は学生を続けることになりました。

卒業が半年延び、9月になります。

全てを失ったように感じた3月後半でしたが、

少しずつ前を向き、

前々から決まっていた大阪へ行き、

予定通り友達と帰ってきて、

「9月じゃ袴は着ないから」と、

予定通り着付けてもらって、

卒業証書はなかったけど大学に行ってみんなと写真を撮った次第です。

※娘の通う大学は国際教養学科があり、9月卒業の学生もけっこういます。
だからといって嬉しい訳ではありませんが。



娘は昨日、色んな企業の入社式の様子をテレビで見て「いいなあ」ばかり言ってました。

新しいバイトは見つけたけど、

きちんと働きたい気持ちが強かったので、

心に空洞と焦りと迷いがあるのが感じられます。



大学が学生の自主性を重んじるのはわかりますが、

「単位の取得についての変更」という学生にとって最重要事項を、通常の掲示板の中に埋もれさせてしまうやり方は、

あまりにも不親切だし、

誰の得にもならないと思います。

学生にとっては、社会への第一歩をもぎとられ人生の歯車が狂い、心に大きな傷を負いました。

内定先の企業、会社、学校などにとっては、雇うことを決めた学生が3月に入って就職を取り消すなぞ、受け入れ準備を進めてきた側にとって大きな損失ですし、失礼だと思います。

大学にとっては、内定先の心証、信用が下がることにつながると思います。



もう一歩、親切でもいいんじゃない?



そう、この件で卒業が取り消されたのは娘だけではなく、

他に何人もいるのです。

同じように泣いている学生が何人もいるなんて、

「被害者の会」とか作りたくなります(作らないけど)。

思い返すとまだ納得のいかないことだらけです。

でも、長い人生の中でちょっと休憩をもらって立ち止まる(には早いかな)、いい機会と思っていくしかないです。

私は今回のことを心の中で“○○残酷物語”と名付けました。

○○は大学名ですフフフ・・・。



もう、こんな悲しくて辛い思い、誰もしませんように。

大学生の方、お子さんが大学に通ってる方へ・・・。

大学によってシステムは様々だと思いますが、

うちの娘のようなケースもありますから、

要注意(笑)。



ちなみに、教職課程は履修したので教員の免許状は刷り上がって大学にあるんだそうです。

でも卒業証書がないから渡せないんですって。

「なんて日だ!」

「これが○○大学のやり方かー!」

いかん、おかしくなってきました。



文章に書けるくらい、

時がショックを少しだけ小さくしてくれました。

娘たちのことはたまにこのブログに書いているので、

今後も何かあったらご報告するかもしれません。

読んでいただきありがとうございました。

ではまた桜