先日、詐欺電話の着信がありました。
普段は固定でも携帯でも、迷惑電話撃退機能が良い仕事してくれてるけど、たまに網にかからずかかってきちゃうのもある
出た瞬間から胡散臭くて、「警視庁◯◯課ですが、、」とか言い出して、あー最近話題のあれか〜 って
何か気が向いて少しの間適当に相づち打ってたけど、やっぱり面倒になって切った
まあ、年々手口が巧妙になっているんだろうなと思います。
そして、引っ掛かってしまう人がいるから犯罪者も限りなく湧いてくる
相手してる間、それにしてもこの電話の向こうのような連中は、よくもまあ善人を騙して金をむしり取って、生きていくよなあ、、、って ぼんやり思ってました。
(そしてこっちは、警察からの電話ってワードに特別な胸の痛みを感じる人種なんだけどね、、、そんなの向こうは想像もできないし知ったこっちゃないだろうな)
別にここだけのことじゃなくて、ある種の権力者とか成功者、ある意味逞しく、人を踏みつけて行く人々は世界中にいて、そういうのは一体本当に同じ種類の人間なのだろうかと思ったりする
そう言えば昔は自分も世の中の理不尽に若者らしい怒りを抱いてたけど、いつかそれは収めるようにしてしまってたな 疲れるだけだからと
それにしても
うちの子は、勿論完璧な人間なんかじゃなかったけど、人の弱みにつけ込むとか、人を押しのけて生きるとか、道に外れる利を得ようなんて想像もできない、つつましくて、優しい、純粋な子だった
そんなあの子が去ってしまったのに、この世の中は、、なぜなぜなぜ?
まともに色々考えると憤りで体が動かなくなるのでなるべくやめてるけど、、、
時々、たまに、なんだかなあって思ってしまう
いつも祈ることに、生まれ変わりってもし本当にあるのなら、どうかあの子にはさらに充実した良い人生を送れますように、今世の学びを活かせますように、
そして願わくば私が、その手助けを、今度こそ間違えずにさせてもらえますようにって 願ってる
でもこういう事があると、この世にまた出るのがあの子の優しい魂に本当に幸福なのかなって気になっちゃったりして
そして、こんな思考に陥ること自体、私が子供に生きるための逞しさみたいのをちゃんと教えてあげられてなかったってことだったのかなと、また考えたりします