有言実行とはまさにこのこと。
気が付けば前回の更新から約3ヶ月が経過していた。

1ヶ月ほど前に携帯を最新のiPhone11proに機種変更したのだが、どういうわけかAmebaブログのアプリが消し去られていて、存在をすっきりまるっと忘れていた。

久しぶりにブログを開いてみれば“野糞”の文字。これは良くない。💩

それにしても習慣とはなかなか身に付かないものだ。これまで数々の習慣を踏み倒してきた私であるが、唯一と言っても過言ではないほど律儀に守り通してきた習慣が1つだけある。

それは、新品のスマホに必ず保護フィルムを貼る事である。

今回も、新品無垢のiPhoneに強固なガラスフィルムを這わせる儀式を行った。しかし、この作業は何度繰り返したところでなかなか得意にならない。

ホコリが両者の間に割って入り、その度にやるせない憤りがただでさえ狭い部屋を圧迫するのを感じる。2時間弱に渡る攻防の末、ついにやってのけた。幾つか細かな気泡が残ってはいたが、妥協の範囲内。
こうして未来永劫、私のスマホライフは安泰を約束されたのだった。






それから1ヶ月。
結論から言おう。ガラスフィルムはすでにバッッッキバキである。

ある日、机に置いていたのを忘れ、愚かにも肘で小突いてしまった。さらに不運なことに落ちた先にはワウペダルの角が剣山となって待ち構えていた。

バリン!

一瞬の静寂の後、透き通った音が響き渡った。
絶望である。

しかし数日経ってみると、貼りたてのピカピカちゃんの時よりもむしろ、なぜか割れた今の状態の方が安心を感じる。

それは、「いづれ割れてしまうのではないか」という無意識の緊張感から解放されたからなのかもしれない。

そういえば、いつかネットで「人間は、対象が人にしろ物にしろ、完全無欠なものに対して嫌悪感や緊張感を抱く」という内容の記事を読んだ。

なるほど確かにそうなのかもしれない。

初登場では付け入る隙もないほどツンツンしていたイケメンが回を重ねるごとに主人公に弱みを曝け出すようになり、いつしか距離が縮まっていくという展開が少女漫画のお決まりである。

思えばギターも新品よりもゴリゴリにレリックが入ったものの方が好きだし。


そういう訳だから私は画面がバッッッッッキバキな今の状態が気に入っているし、これからもしばらくはフィルムも貼り替えずにおこうと思っている。いや、むしろ今の豪快な割れっぷりに愛着が湧いてき始めているので、もっと割れてくれてもいいとすら考えている。💥📱
(もう保護フィルムを貼るのは懲り懲りだからそう自分を納得させたいとかそういうことでは断じてない。断じて)