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変わらず出遅れ感たっぷりでのんびり更新ではありますが(^_^;)
アップされているサイン会での2人
なんて優しい表情をするんだろう。。。
(//・_・//)
アルバム 『TENSE』 & 『TREE』
この2枚 聴けば聴くほど聴き込めば聴き込むほど
心をぐっと持っていかれて東方神起worldから抜け出せない
最高以上のアルバム
ゆの君とちゃみからの大切で素敵な贈り物
ハードスケジュールの中どんな状況でも妥協することなく
2つのコンセプトの違うアルバムを同時期に制作して期待以上のものを
魅せてくれる2人
商業的なものももちろんあるでしょうが
母国よりどこの国よりも圧倒的に日本の活動の方が多い東方神起
Bigeastに会うことを望んでくれて
実現している部分もあるんじゃないかって思いもある
日韓情勢がどうであれ彼らは線を引くとこなく
ずっと変わらない態度でビギに会いに来てくれる
Bigeastは幸せですねぇ~。。。
赤の一粒でいられること幸せです
アルバムの歌詞の中に散りばめられている想い
いくつかの雑誌のインタビュー特に日経エンタでもそうですが
2人からの愛やビギへの揺るぎない絆や信頼を再確認
彼らの想いに胸がいっぱ~い。。。
アルバム 『TREE』
最初からウルウル・・・涙腺崩壊だけれど
コンサートでは2人が望む笑顔で楽しい時間を過ごせるように
ゆっくり大切に大切に聴き込んで受け止めていきたい
頭では分かっていても先を見すぎて涙することもあるけれど
今は精一杯彼らを応援する事
赤の一粒もbigeastが集まれば大きなレッドオーシャンで
赤い光が大きな力となり2人へのプレゼントになる
せっかくゆの君とちゃみに逢えても涙で見えない・・・なんて
もったいないもの~。。。
(^_-)☆ねっ!
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
日経エンタでのインタビューの中で
ゆの君が「おおきな木」を出してくれていた部分がありましたが。。。
好きな本なので嬉しかったなぁ~(*^o^*)
「ゆの君も読んだんだね・・・好きそうな本だものねぇ~」って
やっぱり読んでいたかぁ~的な感じもありでした
(=⌒▽⌒=)
原書(シェル・シルヴァスタイン)
日本語版(ほんだきんいちろう)←こっちが好きでぇす
村上春樹さんも出しておられるようですが。。。
韓国版
限定版の洋書がある絵本で
この本の題は「The Giving Tree」
読んだ事のある方は分かると思うのですが
この本 とても奥深いんですよねぇ~
「おおきな木」=ゆの君・・・というのも浮かんだ
あらすじをざくっとでも記すと。。。長くなっちゃうかなぁ~(^_^;)
1本のりんごの木があってその木はある子どもと仲良しで木登りをしたり枝にぶら下がったり
りんごを食べたり・・・その子どもはりんごの木が大好きで木もその子どもが大好き。
子どもは成長し考えも子どもの頃と変わっていく。
成長した子どもが「お金が欲しい」って言うと
木は自分になっているりんごをもいで売ってお金にすればいいと教える。
青年になっていた子どもはりんごをすべてもぎとって行ってしまうのだけれど木は嬉しかった。
さらに成長し大人になったその子は今度は「結婚したい、子どもが欲しい、だから家が欲しい」と言う。
木は自分の枝を切って家を建てればいいと言う。
言葉通りすべて切り取り持って行ってしまうのだけれど木は嬉しかった。
さらに年を取ったその子どもは「遠くへ行きたいから船をくれ」と言う。
木は自分の木の幹を切り倒しそれで船を造ればいいと言う。その言葉通り木の幹を切り倒し
船を造って行ってしまうのだけれど木は嬉しかった。
さらに長い年月が過ぎ老人になったその子どもはまた木のもとに帰ってきた。
だけれどもう何もあげられるものが残っていない木は自分にはもう何もないことを告げる。
老人になったその子どもは「もうたいして欲しいものはない。ただ座って休む所があればいい」と言う。
木は精一杯に背筋を伸ばし残っている切り株に座って休みなさいと言う。言葉通りに座る。
木はそれで嬉しかった。
こんな感じなのですが・・・分かったかな(^o^;)
自分が犠牲になったなんて思わないんです
身を削られても与えることの喜びを感じている
木は男の子が欲しいものを与える事が喜び
何かをしてあげることで見返りではなく
誰かに与えることで喜びだけを見出す。。。
大きな母性愛や無償の愛
見返りを求めず誰かが幸せでいてくれることが自分の幸せ
とっても大きな大きな愛
この木とゆの君の想いは同じなんじゃないかって・・・
ゆの君の持っている愛の大きさ 器の大きさ
言葉や行動の重みって心に響くんですよね~
こんな風に思い生きるって簡単ではないし
なかなかできることではないけれど。。。(^_^;)
この本のあとがきなのですが
「与える」ことは人間の能力の最高の表現なのであり
「与える」という行為においてこそ人は自分の生命の力や富や喜びを経験する事になると考える。
一本のりんごの木はこの主張のままに一人の友達に自分の肉体をけずって
木の葉を与え 果実を与え 枝を与え 幹を与えすべてを与える
母性愛差ながらにー
しかもここでもっと重要かつ微妙な問題はこの「与える」行為に
犠牲の行為をみてはならないという一点であろう
犠牲には悲劇的な感情がつきまとうのが常であるが
りんごの木がただひたすら喜びだけを見出していたことに読者は注目すべきである。
読んだ事のない方
ゆの君も読んだ本
手にとって読んでみたくなったんじゃない?!
(≡^∇^≡)
訪問 ありがとうございました
(^-^)ノ~~