☆~ゆの君の特別講義~ | atomoonさんのブログ

atomoonさんのブログ

ブログの説明を入力します。

キラキラ☆☆☆☆☆キラキラ


ゆの君の言葉

とても感慨深く早くアップしたくても涙で文字が滲んで見えなくてなかなか進まず。。。


(TωT)



atomoonさんのブログ


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



ゆの君の言葉を一人でも多くの方に。。。同じ思いの方がいて
分かりやすく訳して下さっている方マイン様(ブログリンクOK)を見つけたのでお借りしました




Do Dream

特別講義

夢はあなたを見捨てない



東方神起のユノはパフォーマンス!ダンスがとても魅力的な子だと思われていますが、

ここで以外で驚くような話をしたいと思います。

僕は幼い時、ホナム芸術祭で聖楽(キリスト教の音楽)独唱部門で賞をもらったことがあります。

この話はメンバーにもいってないんです(笑)

今が重要だから(笑)

幼い時音楽的には、母が歌がとても上手なのでその血を受け継いだと思うのですが。

中学の時友達がかっこよくダンスを踊っていたんです。

それをぱっと見て「あ、何あれ?」そのすばらしいパフォーマンスにはまってダンスを始めて、

マイケルジャクソンに憧れていたのでマイケルジャクソンのダンスも踊ったりしていました。

そんなときある文字が目に入ったのです。

SM青少年選抜大会より賞金に興味を持ちました(笑)

優勝金額が200万ウォン(当時のレートで20万ぐらい)でした。

「お母さん 僕お金を稼いできます」(笑)と意って受けてみたら受かったんですよ。

それでSMに入って、SMの看板を見上げて「僕はもう歌手になったんだな」って思ったんですよ。

ドキドキする気持ちでSMのドアをぱっと開けた瞬間、あら、僕と同じ練習生が100人いるんですよ。

「これはどうゆうこと?」って思いました。

なぜなら僕は練習生になって契約したらすぐデビューすると思っていたので。

でも僕より先に同じ夢をもった子達が100人いたのです。

東方神起のメンバーになるのもとても複雑でした。

組み合わせが似通っていてもダメっだったし、僕より実力のある練習生が後からたくさん入ってくるし。

その中の一人がチャンミン君なんですけど(笑)

(チャンミン 「そのとおり」って言いながらうなずく^^)

「あ~心配だ。どうしよう」と思っていたらようやく東方神起としてファンの方々の前に立つようになりました。



<デビュー当時の映像>

2004年HUGでデビュー。ソッテジワアイドル以降初めてソウル歌謡大賞 新人賞と本賞受賞



もちろん反応は爆発でした。

こんなことを言うと偉そうに聞こえるでしょうが(笑)僕は真実しか話しません(笑)

反応が本当に爆発的でした。実際その裏でたくさん努力してきました。

僕の記憶に残っていることは日本で活動を始めて、のどにホルモンがたまる病気にかかったのです。

コブが喉にできるんです。甲状腺に何かができるのです。

その当時の選択肢は、ひとつはそのままでいくか、喉を麻痺させて瞬間的に歌うようにする。

1時間か1時間半ぐらい。でもそのあとは症状が進むでしょう。

その時所属事務所は止めました。「ユノ、そこまでしたらダメだ」

でも僕はいや、必ずしなくてはいけないと選択した瞬間、突然次の日から入院することになったのです。

その時もたった1つの考えしかなかったように思います。

僕が死んでも観客の方にこのエネルギーを伝えて最後まで行きたいと。

なぜなら幼い時から今まで僕はステージに立つことのみ夢に見てきたのに、僕がここで諦めたら

僕の夢事体が壊れていくじゃないですか。

それでずっとずっと僕だけじゃなくメンバー全員が一緒にがんばって走ってきて東方神起がやっと

翼を広げます。

そんな時人生最大のスランプに陥ります。



<映像>

3人のメンバーが去り解散の危機をむかえる東方神起



その当時空白期間だったとき、僕はいつもそうでした。

ステージを見るとなんだか落ち込むからテレビを見なくなったし、他の同僚の歌手たちが嫌になったり。

最初はやっぱり男だからお酒もたくさん飲んだり、

友達に相談したりしても楽しい話をすることはできませんでした。解決にならないんですね。

お酒を飲むとその瞬間は忘れます。大丈夫~!よ~っし!って言いながら。

次の日空虚感がもっと大きくなって・・・

それで僕が地下鉄の線路図通り歩くようになったんです。

最初江南(カンナム)市役所から始めてそのまま線路通り歩いたんです。

ずっと歩いているとサタン方面に行く道に出てきます。

もうやめようかなと思ったりもしたし、足も痛くなって、喉も渇いてきて。

ずっとそうやって歩いてみて、僕の人生でいまだに忘れられない重要な瞬間があります。

歩いていてたまたまノリャンジンの水産市場にたどり着いたのです。夜明けに。

夜明けに市場に行ってみて下さい。

そこで働いている人々をよく見渡して見て下さい。

本当に一生懸命働いてらっしゃいます。

その時僕はこんな風に思いました。

「自分はいったい何をしている?」

市場の方たちの働く姿を見ていたら、自分の本来の位置を悟ったのです。

僕は何をしている時が幸せか?

何をしている時が気分がいいのか?って考えてみたら

僕はステージの上で歌って踊っている時が一番幸せだったんだと気付かされたのです。

その時ミュージカルに出演していた友達がいたんですけど、

見に行ってたまたま舞台の上に上がったことがありました

そしたら観客はわあ~って歓声をあげてくれて、体が壊れるぐらい一生懸命応えました。

その時、「わあ~これが自分の行く道なんだな」と思ったんです。

誰でも辛い時期は一度ぐらいあると聞きます。

いい方向へ行く場合もあるでしょうが、悪い方向に行くこともいいことだと思います。

なぜなら悪い方向に行くと自分の体が確実に記憶しているのです。

だから人生の選択で悪い方向に行ってしまって「あ~どうしてそんなことしたんだ」って

後悔しないで待っていてください。

そうすると体が記憶しているからそれに見合ういい機会が訪れた時チャンスを逃さないのです。

夢を追う方法はたくさんあるから、その方法で自分の中に限界を作らないでほしいのです。

僕はこれからも夢を追って生きていきます。

これからも人々が僕を見て馬鹿だなって言うかもしれませんが、

ずっと夢を追う少年でいたいと思います。

以上チョンユノでした。

ありがとうございます。