5月の外来。これで退院後3回目の通院である。

2月中旬に開頭手術をして、下旬に退院、3月の術後10日目、4月の経過観察、そして今回。てんかん予防の薬は足りているが、創部の治りがよくないために毎月来てるけど、そろそろ卒業したい。

 

と言うことで、相変わらず混みあっている待合室のベンチに座っていると、人目を引く背の高い青年がふらっと現れた。レンタルパジャマを着て、術後の白い角帽子を被っているので、術後間もない入院患者なのだろうが、私が驚いたのは、そのスタイルの良さである。

あまりにもスタイルが良いので、心なしかレンタルパジャマも角帽子もオシャレに見えるし、歩く姿はランウェイ感まで漂っている(ような気がする)。しかも、顔が全くむくんでいない。彼のもとの顔を知らないので、むくんでいるのかもしれないけれど、そうとは思えないくらい彫りの深い小顔である。

想像だが、私のレンタルパジャマ姿と比較するとこれくらい違うのではないだろうか。

私、哀れなくらいずんぐりしてる。

 

いや、私が言いたかったのは自分のずんぐり姿についてではなく、パジャマ姿について入院中に感じたことを思い出した、ということだった。私のいた病棟では、タイミングもあるのだろうけれど、病室から出てきてうろうろしている患者さんの中に、持参のパジャマで過ごしている方をほとんど見かけなかった。あまり周りに目を配る余裕がなかったので確実なことは言えないが、女性でメイクしている方も見かけた記憶がない。

そうやって同じパジャマを着た患者さん達が、病状に違いはあれど、デイルームに集まって、会話をするわけでもなく各々が過ごしているのを見て、静けさと同時に、独特の平和な空気も感じていた。

もちろん大騒ぎしている患者さんもいるし、急変して看護師さんがバタバタしたり、常に何か起きていて、騒音レベルは間違いなく高いのだけれど、どの患者さんにも共通しているのは、脳に問題を抱えていること、ここにいる間は社会的な立場というものから距離が離れていたり、見えないことである。

普段スーツを着て出社してたり、家のことをまわしていたり、学生さんだったりして、それぞれの社会的な立ち位置みたいなものがあるはずなのだが、それが見えないし、ここでは、そういうことに大きな意味はなく、等しく治療をしながら過ごしている。それらが生み出す静けさのような空気がずっとあって、それが私が感じた独特の平和な空気だったのだと思う。

そして、同じパジャマ姿ということが、その空気感を作っている大きな要因なのかな、という感覚を持っていた。

だから何だと言われると困るのだけれど、その環境に身を置いた私が思ったこと、それは「世界中の偉い人達を全員パジャマ姿にして同じ環境に一定期間隔離・放置して、背負っているものを見失ったころに今後の世界について話し合ったら、戦争なくなるんじゃないのか?世界パジャマ会議ってどうだろう。」という実に浅はかなアイデアである。姿だけではなく、アイデアまでずんぐりしている。

やっぱり開頭した直後の脳はどうかしてる。

 

ということで、話は戻って、この日の診療。

●創部の確認

もみあげの傷口が良くならないのでそこを中心に確認してもらう。これまでいつも創部を褒めていた主治医も「おかしいなぁ。そろそろよくなると思ってたんだけど。」と言い出した。「おかしいなぁ」は私のセリフである。

痛くてメガネがかけられないので、コンタクトにしていると伝えると「しばらくはそうしてもらえるかな」とのこと。自らコンタクトにしている話をしたわりに「お金がかかる」だの「老眼がきつい」だのとひとしきり文句を言ってみたが、そんな愚痴はスルー。

それよりも主治医が心配しているのは、“創部感染”という、術後に起きる感染のようで、傷口から細菌が入り込んでしまうと、そこから炎症を起こして、膿が溜まって腫れてしまうことのようだ。これは10年後くらいに起こることもあるらしく、とにかく腫れてしまうとまた頭を開いて中を洗浄しなければならないという説明をされ、さっきまで文句を言っていた口が「はい、私、しばらくコンタクトで過ごします。コンタクトも数が足りないので買い足して過ごします。」と、あっという間に聞き分けのよい患者に早変わりして、その他の気になるところ(痛みやめまい、痺れなど)については全く触れず、また来月の診療ということで、逃げるように帰路についた。