2月中旬、入院日。
朝早めに来るように指示されていたので、出勤前の夫に付き添ってもらい、病院へ移動。
4人部屋の見晴らしがよい窓際のベッドに案内され、午前中は荷ほどき、事務手続き、採血など。
対応してくれたのは明るい看護師さんで「わぁ!太い血管!うれしいです~」と喜んでくれた。自慢じゃないが、いや自慢なのだが、私の血管は、太く色濃く目立つため、いつも褒められてきた、隠れチャームポイントだ。
ということで「喜んでもらえてよかったです~」なんてキャッキャウフフと採血開始、からの秒で失敗である。これまで失敗されたことのない私も多少動揺したものの、私より明らかに動揺し「採血苦手なんです!」と突然のカミングアウトしてくる看護師さんを放っておくわけにもいかず、「うんうん、私の血管でよければ練習だと思ってください」と、なだめたり、励ましたりしながら、なんとか終了。
新人さん、私を踏み台に成長しておくれ。
午後は、MRI、2度目の採血、CTなどの術前検査で言われるがままに病院内を行ったり来たり。と、ようやく病室に戻ってきたところで、午前中に今日の予定を説明してくれた看護師さんがぶっ飛んできて、「コトムさん!どこに行ってたの!!??お風呂の時間過ぎちゃってる!明日手術なんだから15分で入ってきてください!!!!その後も、歯科に予定はいってるんだから!!!」となぜか叱られるハメに。
「どこにっていうか、CTが・・・」なんて私のつぶやきは完無視。いや、私も文句なんて言ってる場合じゃない。残り15分しかないのである。ダッシュでお風呂セットとパンツを握りしめ、忍者のようなスピードで風呂場に移動。午前中「コトムさんはお風呂初めてなので、午後使い方説明しますね☆」と言ってた口が、今や「見ての通り普通です!とにかく急いで出てきてください!!」バアア~ン!!と扉を閉めて出て行ってしまった。
この時点で残り12分。
メガネを外しほとんど何も見えていない状態でどうにか洗い場にたどり着いたものの、今度はシャワーからお湯が出せない。シャワーとカランを切り替えるハンドルを回せばお湯がでるのかと思っていたが・・・いくら回しても、なにも出ない。
「神様、普通とは・・・いったいなんですか?」
もはや、私の普通は現代日本では通用しないのか・・・と、全裸でシャワーを両手で握りしめながらしゃがみこんだまま神様に話しかけ始めた頃、ふとシャワーの持ち手に違和感を感じ見てみると、ボタンが。
これは、もしや・・・押してみる。
おお!
HOT WATER!!
湯じゃ!湯じゃ!!!
歓喜に包まれながら室内に掛けられた時計に目をやると
残り9分
一瞬目の前が真っ暗になりかけたが、絶望してても時間は過ぎていくだけ。
ここから最速の風呂チャレンジスタート。
稲妻のような激しさで頭を洗い、皮膚が真っ赤になるほど力強く体を洗い、泡立てることもせずに洗顔クリームを顔に塗りたくり、一気に流し終えて、洗い場を出る。化粧水と保湿クリームを同時に顔にバンバン打ち込み、パンツの前後も確認せずに履き、パジャマを着た。
残り0分
間に合った・・・
よろよろと扉を出ると、待ち構えた看護師さんに、すぐに歯科に行くように指示される。
そのまま、エレベーターに乗り込み、歯科到着。
待合室で疲れ切った体を休めるべく腰を掛けてふと横を見ると、シュッとしたサラリーマンがスーツ姿で座っている。
私はと言えば、びしゃびしゃの髪の毛のまま、首からタオルぶら下げて、健康ランドの風呂上り状態。
この日、何か大切なものを失った気がする。