言葉は人をコントロールできるツール
「言葉は人をコントロールする」
この言葉は私が言った言葉ではなくて、私の知り合いの言葉です。
聞いた時、なんだか嫌な感じがしました。
コントロールって言葉がなんだか人を侮辱しているような気がして、人を軽く見ているように思ったのです。
後日、よくよく考えてみると
確かに言葉によって人はコントロールされていると思えるようになりました。
これはありとあらゆることに言えるのですが、気づいている人はそんなにいないかもしれません。
ここで言っているコントロールとは制御するという意味だけでなく、なんらかの影響を与えているという意味です。
例えば、アフィリエイトで記事を書いて商品やサービスを紹介する時に
「このケーキをひと口食べたら美味しいって思わず、叫んじゃいました。今まで味わったことがない食感と味だったんです。」
という言葉の中に、どれぐらいコントロールされている箇所があるかわかるでしょうか?
実は、言葉一つ一つすべてそうだし、組み合わせることでまた別のコントロールとなっています。
ですが、このケーキを食べた本人自体もコントロールされているのですけどね(笑)。
コントロールする意図がなくても結果的にコントロールされている例はいろいろあります。
ではこの例はどうでしょうか?
「先日、山に登ったのですが、普段運動不足でとてもきつかったです。途中でもう動きたくなかったけど、なんとか頂上へたどりつきました。でもきてよかったと思いました。頂上から見た景色は、今まで見た中でもっとも感動したんです。そうか、こんな景色が世の中にあったんだと涙が自然に流れてしまったんです。」
どうでしょう。
これを読んで、イメージや考えが浮かんできたり、感情が動いたりしたなら、やはりコントロールされています。
まったくコントロールされていない状態とは意識をしない状態です。
例えば、テレビがついていて、映像と音楽が流れています。
でも、夢中になって本を読んでいたら、その映像や音楽を意識はしていないのです(無意識には入ってきているのですが)。
この場合はテレビからのコントロールをされていません(本からはコントロールされていますが)。
もし、言葉にコントロールをされないようにしたいなら、言葉、さらに言えば情報をシャットアウトすることです。
このようにすればコントロールされることはないのです。
ただ、これだと社会生活から隔絶された状態、修行僧のようになってしまいますけどね(笑)。
コントロールというと悪い意味に聞こえるかもしれませんが必ずしもそうではありません。
例えば、意図的に人を喜ばせることに使うなら悪いことではないとも言えます。
単に
「言葉は人をコントロールできるツール」
であるということです。
そして、生きている限り、なんらかのコントロールをされています。