この数カ月で痛感していること。
それはこの悲しみと向き合えるのは
自分しかいない、ということ。
家族といっても感じ方は全然違う。
悲しみの表現の仕方も違う。
それを日々否応なく感じる。
同じ悲しみをかかえていても
旦那は切り替えているように見えるし
息子はいつもどおり明るく見える。
友達にはいつもの日常があって
悲しみを共有してくれたとしても
それは一時のこと。
時間が経てば風化していくのが当然…
でもそれでいいんだ、と思う。
私も他の人の人生の責任はとれないし
代わってあげられるわけではない。
みんな自分の人生を必死で生きてる。
とてつもなく悲しいことが起きた、
それが自分の人生なんだと認めたとき
しっかりこの悲しみを味わおう、
それが必要なんだ、と強く思った。
無理に明るくはしない。
泣きたいときには泣く。
人に会いたくなければ会わない。
気持ちに嘘はつかない。
自分のペースでゆっくり向き合う。
そんな風に過ごしている。
とにかく自分の気持ちを否定せず
ちゃんと認めて受け止めよう、と。
それからは死別や死後の世界に
ついての本やブログを読んだり
気持ちが癒される曲を聴きながら
泣きながら運転したり。
1人でずっと悲しみと向き合って
過ごしているので、うつになるかと
心配されたりするけど…
今は外に出て気分転換するより
この時間が私には何より必要なんだ。
たわいもない話もできないし
無理に笑ったりもできないんだから。
悲しみをごまかして蓋をするのでなく
自分のペース、やり方で
ちゃんとこの感情を感じきることが
今の私にできる唯一のことだと思う。