娘は住んでいる場所ではなく
滞在先で倒れ、入院し、亡くなった。
旦那の地元だったので
そのまま親族で葬儀をすることになり
元いた場所に戻ったときには
すでに娘はいなかった…

娘や私の友人とはずっと会えてなく
メールなどで連絡していた。
伝えることはものすごく辛くて
現実を突きつけられる気がして
毎回泣きながら文章を作っていた。
とてもエネルギーがいる作業だった。


連絡後の反応は人それぞれで…
気にかけて度々連絡をくれる人も
いれば、反応のない人もいた…
人から聞いて知ってるだろう人も
連絡をくれたのはほんの数人だった。

子を亡くした人になんて声を
かけたらいいのかわからない…のが
本音なのだろう。
実際逆の立場なら私も戸惑うと思う。


でも反応がないことはとても堪えた。
いくら心配してくれてたとしても
それは伝わらない。
ただただ距離を感じた。

会ってまた話そうねと簡潔に
伝えられるだけの場合も複雑だった。
どう想ってるのか全くわからなくて
反応が難しかった。


当事者として思ったのは…
私と同じ気持ちがわからないのは
体験してない人なら当然で
それを求めてるわけでは決してない
ということ。

同じ辛さや悲しみがわからなくても
その人の立場で娘を想ってくれて
その気持ちを正直に伝えてくれるのが
何より嬉しいこと。

私の心配もありがたいのだけど…
それより娘のことを一緒に悲しんで
思い出や想いを共有してくれることに
どれだけ救われたかわからない。
長々と送ってくれるメールを読んでは
何度も大泣きし癒された。
一緒に泣いて話を聞いてくれることが
とてもとても嬉しかった。


それは今までの付き合いとは関係なく
その人個人の感性なのだと思う。
今回の経験でその違いを強く感じた。

楽しいときに一緒にいるのは簡単だ。
それは誰にでもできる。
でも友人が悲しみの中にいるときこそ
側にいるよ、自分はこう想ってるよ
そのままで大丈夫だよと
ちゃんと言葉にして伝えようと思う。