みなさんフランケンシュタインのお話ご存知ですよね。あのお話の根幹は愛なく生み出された化け物の悲しみなのですが。この化け物の悲しみってのは。この物語の作者である、メアリシェリーっていう女性の、父親に愛されなかった自分の悲しみである、との解釈もされているようです。メアリーシェリーは生まれてすぐに母親を亡くし、父親が再婚することを経験しています。フランケンシュタインは、ケネスプラナーとロバートデニーロで作られた映画が原作に忠実です。ものすごい映画なので一度みていただきたいです。

んで。ブログにするのもはばかられるような陰惨すぎる事件ですが。書きたいので書きます。佐世保の事件は基本快楽殺人ですね。快楽殺人を行なう人間は共通する部分があって、そのほとんどが幼少時に虐待をうけているはずです。それは肉体的暴力的なものには限らないです。

なぜ虐待されると快楽殺人犯になるのか。快楽殺人犯にまでいってしまう人はきわめて少ないのですが、私の考えを書いてみます。

幼い無力な子供が虐待されます。子供は非常に恐怖を感じます。恐怖を感じる弱い立場です。この状況は非常につらいので。せめて妄想の中で強い自分であろうとします。リアルの虐待が耐え難い苛烈なものであるほど妄想にすがりつきます。その妄想は。自分が強い側であって、他者に恐怖をあたえる側であることですね。この妄想を大きく育てたまま大人になった人間が快楽殺人までいってしまう。このような人は非常にまれなのですが。たぶんこのような筋書きですね。ちなみに2ちゃんでほえることで自分が強者であるように錯覚したがるような人も散見しますが。似たようななりたちですね。

でね。佐世保の犯人がここまでたどり着いてしまった原因については。父親の身勝手を感じないわけにはいかないですね。犯人は父親に愛されている実感がなかったと思いますね。報道されている父親の行動はすべて自分を守るためのもので、自分の娘を命がけで守ろうっていう気概が感じられないです。ですが多分この父親には自分が間違っているとか悪いとかっていう実感はないでしょうね。

この父親も愛なくして育てらた人なんだと思います。しかし成長して弁護士として成功しお金持ちになった。弱い自分を克服した人生の勝利者です。なんら自分に非難されるべき点など気づくこともできなかったでしょう。ですがもっと弱くて小さな自分の娘は。愛なく育てられることに耐えられなかった。

父親はきっと。自分はちゃんと子供を学校にいかせ食べさせ、不自由させていない。みんな結婚したら子供生むよね。俺も生みましたがなにか?だから問題ないと。思っていると思います。

だけどもっと大事なモノがあると知らないんです。だから身勝手と非難される意味も理解できない。なんとも救いのないお話ですいません。でも、子供ってのはなにものにも変えがたいほどすばらしすぎるものです。でもそれが理解できない親は意外とたくさんいるんじゃないでしょうかね。そう思えない時点でその親は間違ってます。

まーこんなところでわかったみたいに語っている自分もいやなんですけどね。自分に欠けているモノを知るチャンスってのはそんなにないので仕方ないんでしょうかね。