色々あったけど、40歳近くまで生きてこれました。 -2ページ目

色々あったけど、40歳近くまで生きてこれました。

 横浜市北部、青葉区、都筑区、緑区に不動産賃貸・管理を担当に地域密着で毎日走りまわっています。都筑区生まれ、緑区育ち、青葉区の高校卒業、青葉区の会社に働いて、田園都市線市ヶ尾駅で不動産業を営んで、自宅は緑区です。生粋の横浜北部人間です。
 

バナナマンの設楽さんがスゲエと言うのでポータブルスピーカーを買ってみました。

同じ物のではないですが、蔦屋家電で試して購入しました。

結果

すげぇーー音質!
私レベルなら、サイコー!

リビングでも使えてお風呂でも文句なしで、生活の幅を広げてくれます。


  来年のアウトドアが楽しみです。ギター代わりにキャンプファイヤーで活躍しそうです。
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500milliのペットボトルサイズで我が家はクラブになりました。

これからどう使おうか楽しみです。イタズラを含めて。。\(^o^)/


 先週の土曜日からお酒を飲んでいません。

 飲めるようになってからたぶん断酒記録は入院を除くと一位です。

 家人は「絶対に何処かがおかしいから病院にいきなさい」と言うが身体の調子がいいので、病院に行っても
「身体の調子がいいのですが、妻に言われたので診てもらいに来ました」といったら、たぶん薬ではなく精神科の紹介状を処方されそうなので
病院には行かないと思います。

 20代中盤には「酒を止めても、たばこは止めねぇ」と豪語した後にタバコをやめ、30代になり「たばこを止めたけど、酒は絶対やめられねぇ」
と宣言して今酒を断っています。

 私の酒の飲み方は「短期決戦型」です。
 一気加勢に飲み且つ食べ果てるタイプなので傍目からは酒豪だと思われがちですが、時間が長くなるとブラックアウトを起こして次の日の記憶がサッパリなのです。すごい面白いことが起きているのに覚えていないのです。

 
 
 長考30分、文が進みません。

 なんで、一時は「アルコール中毒じゃないかと」自分自身で心配していた位の飲酒家だったのに、この変化はなんだろうか?

 更に30分遅滞中。
 今年の夏を振り返ってみた。思いついたまま書いてみます。

 記憶が無くなる時間とスパンが長くなった。
 帰巣本能が機能しなくなった、(この夏、公園に3泊している)
 悪ノリが過ぎた(この点は各関係者にこの場借りて謝罪致します。)但し法は犯しておりませんのであしからず。
 父親としての自覚が芽生えた。(そうであって欲しい)
 
 考えても答えがでません。

 ただ、飲酒に使っていた時間を読書、勉強又は仕事に転換できれば最良だと思います。果たしてどうなるのでしょうか?

 気が付いたら日付が変わっていました。これが断酒による副作用なのか。。。

 取り敢えずビールの変わりに麦茶を飲んで寝ます。お休みなさい。

 

 





 

 先日息子が4歳の誕生日を迎えた。まだ4年だけど、もう赤ちゃんだった頃の感覚が思い出せないくらい時間は早いと感じます。

 誕生日は家人が仕事だった為、子供のリクエストに答えるべく動物園に行きました。「ズーラシア」は近所なのですが、動物との距離が遠く、リアリティに欠けるので野毛山)動物園に「電車」で行きました。

 私は電車が苦手で且つ息子と)二人で電車に乗るが初めてだったので旅行気分いや旅行」でした。」

 まず、電車の子供料金が分からず駅員さんに苦笑され、社内では何処に立たしていいのかが分からず、見かね体育会の女性から席を譲って頂いた。

 電車から息子が産まれた病院が一瞬だけみえ「あそこが産まれた病院だよ」と興奮気味に教えて息子は「????」な顔をしていました」。そーいえば4年前の今日もこんな秋晴れでした。

 無事に着き「ワニがみたい」「ライオンさんが見たい」て檻の前まで連れて行くと逃げ腰になり、「コワイ、コワイ」を連続しており、しまいには白熊の銅像にまでコワイを連呼する始末でした。「4歳になったから、怖くない」出発)前に高らかに宣言していた様子とはえらい違いで、微笑ましかったです。
 


結局、息子が唯一はまったのが「ダチョウ」で名誉挽回と言わんばかりに意味不明なダチョウの生態を教えてくれました。
 

日曜の園内は非常に混雑していて、「冒険」をしている父と子には疲労が早く一周して、早々に帰路につきました。帰り道、昔はベビーカーで下った坂をぐいぐい降りていく子供の姿に逞しさを感じました。
 

 お弁当をもってきてなかったので、息子の聞くと「ラーメン」が食べたい言うので、適当にラーメン屋さんに入いり、大ラーメンと子供の用の皿を借りて昼食を食べている姿はまさしく「お父さんと息子」の図で、「北の国から」のあのシーンでした。
 実際は、閉店間際でもなくイジワルな店員もいなかったので多少違うが、少しだけ五郎の)気持ちが解ったような気がします。

 帰りは丁度、「桜木町発、急行八王子」行きの電車が来ていたので座り息子共々眠りに落ちました。

 少し前ならここで尾ひれがついて、「そのまま八王子まで行ってしまいました。」ってオチがついたのでしょうが、しっかり手前の駅で目が覚めて息子を起こして無事に下車する快挙をしてしまいました。

 無事に帰宅し、初めて冒険に疲れてしまい私は昼寝をしてしまったのですが、息子は電車で体力を回復したのか更に元気になり、起きたら部屋中がおもちゃだらけになっていました。

 その後、家人がケーキをもって帰宅し、ジジ、ババがプレゼントをもってきてくれて大興奮。
 
息子にとって記憶に残る誕生日であったと願いたい。優秀でもなくていい健やかに成長していって欲しいと願うアホな父親です。  しかし、適当に入ったとは上、ラーメン屋さんは失敗だった。記憶に残る味でした。美味しいラーメン屋さんより、美味しくないないラーメン屋さんの方が強烈に記憶に残るの何故だろうか。。。