相棒のC君が夭折して今日で十年になります。
今でもたまに夢に登場しますが、どうしてか会話ができません。話そうとすると目が覚めてしますのです。
あの夏はなんだか、C君と沢山飲みにいった気がします。昔は私はサシ飲みがあまり好きではなかったのですが、沢山飲みに行きました。多感な時期で将来について話していたと思います。
当時、C君は確定申告しなくても良い職業に就いていましたが、家柄の良い彼女と結婚をしたいと考えており、真面目な仕事に就きたいと話していました。私は私で不動産業界で働きながらも、これで良いのか?と青臭い話をしていました。
事故の日は義弟の誕生日会でした。その日、たまたま休みだった私は、C君を誘われて、七時集合の所、五時位からそのお店で飲んでいました。
「どうした?何かいい事あったん?」「まーまずは飲めや。」と私の大嫌いなキリンラガービールを勝手に注文して「カンパーイ」と無理やりラガービールを飲ませるのでした。たわい無い話をしてご機嫌のC君。
「おめー人を呼び出しといて、勝手に陽気になりやがって、理由はなんだ?」
「驚くなよ」
「さては、スゲー儲かったな?よし、今日は全部お前も持ちな。ゴチでーす。」
「おう、ご馳走してやる、沢山飲め、但しラガービールだけな。」
「で、なんだよ?」
「今の仕事辞めるはー、親の店継ぐ事にしたよ、真面目な仕事だから彼女の親も認めてくれんべ?」
「そうだなーそれが一番いいんじゃね?やるからにはきっちりやれよーAちゃんもよろこんでるべ?」
「そうそう、これで親に合わせられるだって言ってたよー。」
等、話していました。
今思うに、妙にこざっぱりした顔がすごく印象的でした。
その後、仲間も集まり誕生日会が始まり終始C君はご機嫌でした。
二次会はカラオケだったので、三々五々向かって行きました。店を出た際、雨が振ってきました。
今では絶対許される事ではありませんが、私とC君とS君はバイクで来ており、たまたま私のバイクのエンジンがなかなか始動せず、C君とS君に「先に行ってて」といい、ひたすらキックをしていました。
やっとエンジンが掛かり、雨の中後を追いました。
歴博通りを走っていると、人だまりができていました。私は雨が強かった為、特に気を止めず通り過ぎようととしたら。私を呼ぶ声がしたので、バイクを止め、人だまりに行くと、S君が「Cが、Cが・・・・」と下を見ると、壊れたバイクと、耳から血を流したC君が倒れていました。
後にも先にも、頭が真っ白になったのは始めてで、気がついたらS君に羽交い絞めにされていました。後から聞くと、わめきながら通行人に躍りかかっていたそうです。
事故の概要は、片側三車線の見通しの良い道路で、停車中のトラックにC君のバイクがぶつかったのです。
昭和医大の藤が丘病院に搬送されたのですが、朝方まで生き延びようと戦ったのですが、C君は逝ってしまいました。
その日は仕事に行き、世の中はいつもどおり動いており仕事もこなしていたのですが、イヤ、仕事に没頭する事で現実から逃げていたのだと思います。しかしながら、昼食時、新聞を読んだ際に現実を突きつけられました。その時からC君が死んだという事実が化け物の様に膨れ上がっていきました。悲しみとか、悼みとかではない喪失感でした。
思い返す事すら痛みを伴うのはC君は私にとって肉親以上の存在、いや私の一部だった事に他なりません。
10年が過ぎ、残された弟は3ヶ語をあやつり世界中の企業と仕事をするバケモノに育ち、C君もさぞかし喜んでいるでしょう。(私に対する敬い方には眉をひそめますが。)
今日は、自宅に伺って、家人と、わが子を見せたいと思います。
今、私はC君に一言だけ「頑張っているな、あの頃のより成長しているぞ」と言って欲しいです。一言だけでいいんです。