私は親友と言う言葉が好きではないのですが、今日はかけがえのない親友の命日です。
今年で9年目です。青春の一番楽しい時期、未来に向かっている中亡くなった無念さは、私のような小物に語るには筆舌に尽く難いと思います。
同時に、一人の人間が死んでしまう事が、残された人達に多大なる影響を及ぼす事を感じました。私自身も人生もだいぶ変わった思います。
その年の、夏、よく二人で、又は三人(現在某店料理長)で良く朝まで、「あーでもないこーでもないと」酒を飲みながら、たまに殴りあいながら自分の将来を語ったものです。
当時私は、会社員で修行を積んで将来は独立したいなー何てぼんやり考えておりました。
亡くなった友人は結婚したい彼女がおり、彼女の家柄は厳格らしく、彼の当時の職業は「パチプロ集団」と言う渡世人のような仕事だったので、彼女のご両親にも挨拶もいけない状態でかなり悩んでいました。彼女の仕事は公務員の白衣の天使です。
亡くなる前夜、友人の誕生日会でたまたま私達は暇だったので、誕生日会の2時間前に先に「飲んでるべぇ」と合流して先に飲んでいました。その席で彼は「今の仕事を辞めて、母親が経営する店を買い取って全うな経営者になって、彼女の家に挨拶に行く」と何だかふっきれて、憑き物が取れた晴々した顔でビールをぐいぐい飲んでいました。私は「良かったな!頑張れ!」とお祝いでと置いてあったビール瓶で頭を殴ってあげました。すると「ありがとう!」とお礼にビールのジョッキで頭をなぐられました。
その後、皆と合流して楽しい誕生日会でした。ただ彼は自分の未来が見えて嬉しかったのか、いつも以上に陽気で楽しそうでした。誕生日の写真を見ても楽しかったんだなーと思います。
宴もたけなわで、二次会はカラオケといつものおきまりパターンで、カラオケで集合とそれぞれ、車やバイクで向かいました。
(当然、飲酒運転です。当時の法律も警察も甘く、僕らも若く、飲酒運転に寛容な時代でした。現在は飲酒運転は当然ですがしていませんし、お酒を飲むときは電車とタクシーを利用しています。)
私と彼と料理長はバイクで、私のバイクは調子が悪くエンジンが中々かからなくて、「先に行って」と二人には先に行ってもらいました。
数分後エンジンがかかりカラオケ屋に向かいました、霧雨で追いつこうと、裏道を行き大通りに出た所、「何か人が集まってるなーと通過しようとした所、名前を呼ばれました。声をかけたのは料理長で人だかりの所を見ると友人が倒れていました。事故にあったことはすぐのに理解したのですが、誰とぶつかったとは分からず、パニックになり周辺に居た人達に、躍りかかったのを覚えています。友人達に組み伏され「自爆だよ。」と言われ冷静さを取り戻しました。
事故の原因は彼が駐車しているダンプカーに追突したのです。いくら霧雨が降っていても真っ直ぐな6斜線道路で見通しの良い道路で停車しているダンプカーに衝突するには考えにくかったです。今では知る由もありませんが。私は個人的な考えでは、自分の進むべき道が見つかって、嬉しくて、安心して気が緩んでしまった結果が事故につながったと考えています。
救急搬送された病院で、次の日朝まで生きようと必至で頑張ったのですが、天に召されていきました。
友人達と今後の段取りを話し解散したのですが、信じられなくて家に帰っても休めず、昼に料理長と合流して、ご遺体の運ばれた彼の実家に行く間にまどろんだのですが、起きてこれは現実だと思った瞬間に胸に澱の様なものが溜まって、胸が苦しく辛かったです。
通夜の段取りをして、皆の沈痛な表情や、彼女、遺族の気持ちを考えると、責任と悲しさで正常な思考が出来なかったと思います。
通夜の際、線香番をしていると、顔から髭がはいてきており、病院に運ばれても生きようとしたんだなと思ったら、涙が止まらなくなり、誰もいなかったので気の済むまで泣きました。
出棺の際、棺を持たせてもらったのですが、とても重たく、重たさにまだ生命が宿っているのでは?と、生命が無い事は分かっていても、重たさが体重では無い色々な重みに感じ、「何でこんなに重てぇんだよ」涙ながらにそう呟きました。
出棺の際は多くの人に送られ彼も幸せだったと思います。
斎場に着き、お棺が焼き場に入る瞬間に、悲しみ、辛さ、責任、まだ信じられない等々、まことに自分勝手の理不尽さをわかりながら「止めてくれ!」と泣き叫びながらお棺に走りよって行ったのですが羽交い絞めにされ泣き叫びながら見送る事になりました。
焼いている間に、気分も落ち着き、骨を拾いに行くと、彼の骨は太く、強く、骨壷になかなか入らず、係員が困っていました。(これを教訓に骨壷もXXL位のサイズもラインナップされているでしょう)
冒頭にも書きましたが、人が一人亡くなると言う事は大変な事です。
その後、私、周りの人達がどう変わっていったかは、来年の今頃に書きたいと思います。
本日は彼の命日です。彼の家にいって皆で偲びたいと思います。