人生の転機 | 色々あったけど、40歳近くまで生きてこれました。

色々あったけど、40歳近くまで生きてこれました。

 横浜市北部、青葉区、都筑区、緑区に不動産賃貸・管理を担当に地域密着で毎日走りまわっています。都筑区生まれ、緑区育ち、青葉区の高校卒業、青葉区の会社に働いて、田園都市線市ヶ尾駅で不動産業を営んで、自宅は緑区です。生粋の横浜北部人間です。
 



 昨日、珍しく、腐れ縁の友人から久し振りリ電話がありました。
 時節の挨拶もそこそこに、普段から冗談がしか言わない友人から「会社辞めようかと思うんだよね。」と言われ、いつもの冗談かと思い「そうか、とうとう歌舞伎の世界に入るんか?」と私。

 しばらく沈黙の後、「いや本気で・・・」とシリアスな言い方で言われればこちらも真面目に話を聞ききました。

 書くと長くなるので、要点だけ書くと、現状、彼は飲食業で責任のある立場で休みも無く、勤務時間も恐ろしく長い。(労働基準監督極局が驚くくらい)家には寝に帰るだけ。休みも当然少なく、社会保険が無い変わりに給料は歳相応にある。

 結婚をしており、来年の初めに子供を授かります。以上の彼の現状です。


 彼も体が持たないとのと、家族のコミュニケーションが取れないかはどうかわ解かりませんが。多少収入が下がっても、社会保障の安定した企業で勤めたいとの事。

 そこで親類から、縁故で某大手企業の子会社に誘われているとの事です。知らない人はいないと言う位、親会社はは大きな会社です。

 私は二つ返事で、転職を勧めました。彼の事を考えると、遅かれ早かれ、仕事中に見事に殉職するか、奥さんに逃げられて自暴自棄になるかどちらかだと思っていました。

 まさに人生の転機、渡りに船とはこの事だと思い強く転職を勧めました。今の仕事の責任とキャリアを考えると彼も相当苦しいと思いますが、他人の私から見ても家族の事を考えると、人生の転機だと思います。

 私は長電話はあまり好きではありませんが、夕方だとゆうのに熱弁をしてしまいました。電話後、IPHONEの液晶がテカテカになっていました。

 人生の転機はそうそうあるものでは無いと思います。三十路と言う中途半端な年齢からすると彼にもまだまだ挑戦したい事はあると思いますが、彼には平穏な人生を送ってもらいたいと言うのが、四半世紀の付き合いのある私の願いでもあります。
 多分、先に天国に逝ってしまったもう一人の親友も私と同じ事を言うでしょう。


 と昨日の夕食時、我が細君に話すと「あんたはどうなの?自分の心配をしなさいと!」とバッサリ一蹴。


 しつこいようですが、人生の転機はそうそうあるものでは無いと思います。彼にはこのチャンスに乗って幸せな家庭を築いて欲しいと思います。


 



 余談ですが、私が言うのも大変おこがましいのですが、彼は時々とんでもない思い込みで、数々のチャンスを逃してきた逸材なのでホントに心配なのです。