最後の挨拶に針などを忘れ
なかなか気が進まず13日にやっと
病院に行って渡して来れた

家点滴で使い終えた針
いつでも使えるようにと準備をしてた針

やっぱり
院内には入れず裏口から奥さんに手渡す
ボーイフレンド家族のプレゼントと
入院中のワンちゃん達に使用してくださいと
オムツなども一緒に

トイレシートもスーパワイドやワイドも山にあるが
今の季節は生ゴミ処理で活躍
ワイドなら猫トイレで使えるし
災害用のトイレとして保管しとくのもあり

日曜日の診察が厳しくなり
溢れた患者さん達が午前診察に滑り込み
駐車場は満車で院長の顔も見ずに帰宅

本来なら今日は朝1診察だったと思い出した

今も人を避けてる生活

今までの口癖が時間が足りない
それが今は時間が余る
親の介護から時間が余ることなんて無かった
寝る間を惜しんでせっせと家事や御世話
今は足を伸ばす時間がある

ボッーとしてると
ちぇりちゃんが好きだった場所に自然と目が止まる
御飯の時間、薬の時間
体が覚えてる感覚は見事に当たる
夜中に起きる時間には今も目が覚める

ボーッとしながら
子供達の写真、アルバムを見る
皆んなで遊んでた時を思い出しながら時間を過ごす

楽天、Amazonなど見る物全てが
オススメはペット用品ばかり
ベッド、オムツ、カロリーエースなど
落ち込んで閉じる

病院帰りに人間用の買い出しに寄ったが
鶏肉、マグロコーナーに自然と足が行く
ジャーキー作っても食べてくれる子供はいない
でも買ってしまう、作ってしまう
癖は恐ろしい

買い物先で何十年ぶりに同級生と遭遇した

カバンのヘルプマークが目立ち
違う人かな?と思った矢先
あ!〇〇〇?と声をかけられ
久しぶりの会話が始まった

我が子達の存在を何1つも知らないから
会話が出来たんだと思う

55の時に脳梗塞しちゃって
入院中に脳内出血
心臓に飛んだみたいで心臓も
で、糖尿になって
やっと一人で買い物が出来るまでになった
いつ〇〇でも良いわーって思ってる
年下旦那は自分が退院したらコロナになって
酷くて肺とか諸々がダメになって高熱続きで
そのまま亡くなった

旦那が亡くなった後は息子が家業を継いで
(小さい工場を家族で切盛り)
自分は出来る事をしてる
義親が施設に入ったから今はなんとかねって

みんな苦を抱えてた

子供達に逢えた時、今の自分じゃ
『母ちゃんも頑張って来たよ』って言えないし
『頑張ったね』と言っても貰えない
逃げてる自分がつくづく嫌になる









なんで置いていったんだよ

子供達と過ごす時間だけが幸せだった

〇〇〇  〇〇〇〇 〇〇〇〇
当事者しか分からない辛さ
言っても苦、辛さは通じない
義父も〇〇〇で大変苦労したのに
何見て来たんだって情けない

子供達には一緒に連れてって欲しかった
今は何の為に生きてるのかな
それは猫組さんの為なのかな
行政が人は救い上げ猫組は放置した結果
増え続けた命
公園に捨てられた命

ありまと出会い、蝉を眺めた夏から9回目の夏だ

夏らしくなってから隣の住民、夫がピリピリしてる
夫婦揃って近所でも変わり者で有名
チュウコのこともあるから要注意して見張ってる
バカと天才は紙一重








涼しくなった19時ごろから草取りをしながら
ママを待ってたら
隣の工場で働く綺麗な台湾のお姉さんに
ちぇりーはどこ?寝てるの?って聞かれてしまい
声が震えた

空を指挿して
あそこって伝えた
お姉さんも泣いちゃった
そして
ちぇりーは頑張った
幸せだった
そして今も幸せだ
空に手を振って
大声で、ちぇりーって呼んでくれた

工場の運転手さんからも逢えば聞かれるはずだ


ちぇりちゃんのクリンクリンの胸毛が好きだった