先日、小中学校のときの同級生からフェイスブックの申請がありました。



この友人は、実家も徒歩2分くらいの近さで、幼稚園時代からよく遊んでいた友人です。



小学校まではめちゃめちゃ仲良かったけど、



中学生になって、この友人はヤンキーになったせいでw

徐々に疎遠になっていきました。



で、高校も別になる。



私は、部活と勉強に忙しかったのですが、その友人は、高校でもかなりやんちゃしているという噂を聞いていました。



だから、どんどん疎遠になっていくわけです。



家も近くだから、たまにすれ違っても、あいさつを交わす程度で。



で、私が大学のとき、一度、同窓会があって、この友人も含めて飲んだけど、



まったく話が合わず・・・もう会うことはないかなって思いながら、別れました。



で、それから10年以上が経過し、フェイスブックでつながりました。



友人のプロフィールを見ると結婚して、子供も5人できて、仕事、家族サービス、子供たちへのサッカーの指導と忙しい生活を送っているようです。



友人からは、メッセージで、「早く結婚しろ!!」って言われたけどw



なんかお互い、随分いろいろ変わったなって、いろいろと考えたわけです。



よくわからないですが、涙が出てきたとです。



これ、何の涙だろうな・・・



今、会ったら、たぶん話すことはたくさんありそうな気がします。

弁護士の仕事は人の人生にリアルにかかわることが多い。



しかし、弁護士を10年近くやっていると、それを忘れてしまうこともあります。



最近、よく感じるのが、私に相談に来たクライアントが、私からアドバイスを受けた後、



ほんとに晴れやかな顔になって、「おかげさまで安心しました。」「かなり気が楽になりました。」「これからは一人で悩まなくてすみます。」と言われること。



正直、私は、当たり前にアドバイスをしているだけだけど、クライアントからすると、それだけ重みのある相談だったんだな。って思わされるわけです。



この気持ちはいつまでも忘れちゃダメですね。



今日も、そんなことを言われて、再認識しました。反省もしました。

現在、私が担当している裁判の件で。



こちらは相手に損害賠償請求をしており、数千万円程度の賠償は認められる見込みです。



そして、裁判官は、やたらと和解を勧めてくる。



理由は、「お互いにとっては、判決よりも和解して解決した方が後腐れないだろう。」とのこと。



しかし、こちらの依頼者は和解の意向はなく、判決を求めています。



だから、私は裁判官に対し、「和解はしないから判決を書いてくれ。」と言ったところ、



その後も、2回、3回と和解することを進めてくる。(それだけで3か月が経過。)



で、それを私が断ると、裁判官は言葉には出さないけど、明らかに不機嫌な態度で私に接してくるしw

←これ頭に来ます。はい。



こちらは、時間が経てば経つほど、遅延損害金が加算されて受け取れる額が大きくなるので、時間がかかることは一向に構いません。



しかし、ここまで執拗に和解を勧められると、裁判官の本音は、「当事者のことを考えてのことではなく、単に自分が判決を書きたくない。」ということにあるとしか思えません。



まあ、裁判官も人の子だから、判決を書くという労力のかかる仕事はしたくないのもわかるけどね。



だからって、私に当たるなって言いたい。小さい子供かw