となりに知りはしないが近しい所にいる集団が飲み会をしていて、帰りがけにいきなり声をかけられた、名前を呼ばれ、誰なのか分からず記憶をたどるも見たことはあるかも知れないというくらいのボンヤリとした返事を返す、忘れてしまうというより覚えていない自分と覚えている相手にバツの悪さを感じるのは常だ。
桜は相変わらず三分咲き程度のまま開花日から見た目咲きたいけど寒いから微妙に躊躇して暫くはこのままでいようという気なのか一週間花びらを散らすこともなく二千九年春、中途半端な世間に合わせいるかのような姿を見せている。
携帯番号にしか入っていない知人が亡くなる、自ら命を絶ち番号と登録名は表示し続けている、一度だけ忘年会に同席して共通の知人を話題にして小一時間語り合いこの先も度々再開するかも知れないなどとなんとなく感じていた、恐らく亡くなった彼はそんなことはもう忘れてしまっていたのかもしれない、友人と呼ぶには遠い携帯番号の主に発信しても出ることはない。
埋まったシートに30代の若夫婦と妻を挟んで親であろう初老の男性、夫は義理親と一緒に出掛けることまして妻の父と昼も間近い春休みでも平日この時間に出掛けるなんて想像したくない感じで反対側の車窓の景色を漫然と目線を送り、妻、娘と父親の他愛ない会話を聞き流して適当に相づちをうち、妻は大して興味もない父から自家の墓の場所や血縁者親戚兄弟の近況やらその墓に誰々が入っているだとか、夫に少しは気にしたらと言わんばかりに話しかけ、それでも父親はしばらく振りに娘と婿に話を出来て満更でもない感じで、三人の前にはDSに夢中な中学が黙々と画面を見つめ指先を静かに動かしている、開花したはずの桜は寒の戻りで中途半端につぼみを二、三分開いたままだ。
親類の集まる席は冠婚葬祭と大体決まっていて、ほとんど初対面なんていう姪やら甥というのに会ったりする、下手をすると兄弟の配偶者すら初めて会って次回亡くなるとか産まれるとかいった出来事にああこんな顔だったよなあと思い出したりする程度で、結局親類縁者というのはくくりとしてはあっても親しいという意味ではないのだろう、確かな事は人の関係は日常の濃密さでしかないという事だ。