久し振りに空気に湿度、西の山脈が近く見え雨は止んでいても何時また降りだすか分からない灰色の雲と道行く人の傘に、庭先には白梅の蕾を早くも見つけて、相変わらず首 の痛みと今日の一日を食欲だけは無くならない自分を恥じ無為に過ごす。
昼下がりに出掛ける場所は決まっていて、大体はシネコンへ行くか図書館か博物館だったりして、鴨居という駅はそんなことでもない限りは当然訪れない場所の一つで知り合いもいなければ学生時代に通っていたり遊んだ場所でもなくそう言えば学生時代に行ってイタイ場所っていまどうなっているのだろうかといきなり考えたりして、まだ見ぬ近郊の町々は理由無しに訪れるのはまだ出来ずにいる、鶴見川に架かる橋上からは西に丹沢の山々にから白い富士山の頂頭が見えるのに気が付けるほど此処へは来たのだ。
友人に人体解剖の学習DVDのダビングを頼まれHDDへデータの形で保存、思ったより時間がかかり半日作業に、なにより友人の買っばかりでFAT32の状態のままのHDDに気が付いたときには4G以上のファイルは保存できず、フォーマットし直してからの哀しい作業は当然意味がないので友人には言えない、なによりタイトルが人体解剖なので観たいと思わないので多分自分では観ない。
例えば足の裏に何かしら付いていても靴を履いていれば感触のないものなら気にはならないし歩き続けてもさして問題じゃない、実際は付いているのに知らないうちに剥がれたり取れたりしている、じゃあ人の死も同じなんじゃないかと考えればさして苦ではないはずなのにそうは思えないのはなぜなだろう、知り合いが亡くなり、いずれ自分も亡くなる、早く足の裏に付いているものの気持ちになれるように足の裏をたまには見ます。