大人も子供も不特定多数の人の目に触れる車内の吊り広告に書かれた罵詈雑言の類いはまるっきり規制などされる気配はないのに、恐らくスイッチを入れないと見たり聴いたりする可能性のないはずのテレビやラジオやインターネットの方が自主規制と称した弱腰な空気のあるメディアのほうに一同一々反応しているのは馬鹿げた感じで、本当は真実なんて誰もなんにもつかんでいないのだと実はみんなそのことに気が付いていて半径三メートルの範囲で起こっている出来事にしか意識はいかないふりをして顔の見えない細い繋がりと出元の不確かな情報だけを頼りにして例え雑誌のあからさまに下世話なキャプションに対してもそれらを頼りに信じて麻痺したまま黙っているのだ。
一日はどう生きようと一日で半日にも二日にも縮んだり伸びたりはしないのに大概は明日もあるからと何事かを先延ばししたりしなくていい事を優先させてしまったりする、かと言って明日の事を今日するわけにもいかないから今日今現在を意識して行動したら少しは一日の有り難みに気付くかも知れない。
人の親切心は自分にとって益の有無に 左右される事を知るべきで、表面上の敬意など少しも感謝の気持ちに繋がらないもので、ここ一番お願いごとをした時に本心などばれてしまうものなのだろう、人の気持ちは推し量れない。
空いている車内で優先席に座るのは少しも悪くないし、普通に座る機能を利用するのだから若かろうと座るべきじゃないとかは関係ない、混みはじめの車内で譲りながらなんとなく優先席が空いていたら、やっぱり座る、その席が必要そうな人が傍にいない限り座るのもかまわない、問題は微妙な人が目の前に立たれて譲るかどうか迷うくらいならはじめから座らないとするか、全く気にする素振りもなく優先席でゲームに興じたり化粧をしたりという厚顔無恥なまま微妙な人を前に座り続けるのをどちらが正しい在り方かと優先席に座りながら考える自分の行動は微妙な時に迷うことなんだろう。
泰然自若としていられる人は羨ましい、いつもなにかに追われている感じで、気分の落ち着く時のないのはどうしたことなのだろう、仕事を終えてあっさり帰ってしまえる人は追われたりすることも追ったりすることも無いのだろう、なにかしら気になるままモヤッとした感じで一日を終えてばかりでそれは明日も続く。