グチです

弱音です

嫌ですよね…分かります
どうぞ気兼ねなくスルーして下さい。

昨日も書きましたが、叔母の話しです。

私達家族の思い出には必ず叔母が居ました。


どこに行くにも一緒


いえ、母と仲良しの叔母は結婚前の両親のデートにもよく同行してたんです。
それを嫌がらず普通に受け入れてた父にも笑えます。 

そんな父と祖父母のいるお仏壇に手を合わせひとしきり泣きました。


62歳の叔母…


まだ連れてかないで。


私達夫婦も結婚前から叔母宅に遊びに毎週のように行ってました。


今朝、昨日説明して下さった担当医師が脳外科医と話をしたことを私と母に話してくれました。
午後からはその脳外科医と話しをしました。

昨日の時点で手術を受ける気満々の叔母


脳に転移が無くても1年持たない状況だったことを明かしてくれました

脳の手術をしても成功率はもちろん低く、そのまま意識が無くなる可能性のが高いし、成功しても何日か延びるだけかもしれない、それでも受ける気かどうか再確認されました。

脳外科医に会う直前にも叔母は

「私は受ける。頑張る。だから先生にもガンバッてと伝えて」

涙で話せない母に代わり私が

「どうしても受けるんやね」

と確認しましたが答えは変わらず。

ただ、直前まで一緒に話しを聞くと言ってた叔母も、やっぱり話しを聞くのは辞めとくと

その気持ちを受け脳外科医に母と私は会いました。


脳外科医はやはり本人や御家族がどうしてもと言うならしますが、勧められない。

叔母の決意を通すつもりでいましたが、一旦保留としました。
何を言っても聞かないと分かってはいましたが、再度叔母に話すことに。
母は堪えられず泣きながら…
叔母に
「しっかりしてよ」
と言われる始末。


母はその後一旦帰宅
夜までは私がつくことに。

そして
私からリスクの大きさを話しました。


奥歯を目一杯噛み締めながら、涙をこらえ話しました。


そっか、そっか…と聞きながらも、

「絶対死なない」

という叔母





それが強がりだということは母が来るまでに何度もわかりました…



肌の白さが自慢の叔母

「その引き出しに日焼け止め入っちょるけぇ、すごくエエんよ、あげるけぇ使い、おばちゃんにはもうイラんけぇ」




衣装持ちの叔母

「智子ちゃん、おばちゃんのバッグとか服とか家にあるのを好きなの持って帰りぃ」



涙を堪え

『は?何言いよるん?』

と私が言うと

「…また、買うけぇ、エエんよ」

という慌てて言う叔母

まるで自分に言い聞かせるように。。。




夜、母が来て交代し私は帰宅。


長く辛い1日


お風呂に入りました。


涙が止めど無く流れました。
自分でも、

「あー、私なりにガンバッてたんだ」

と思いました。


夫が帰るまで1人


やっぱり涙が溢れ出す


気付けば隣に私を見上げピトっとくっつくネネ


そんなネネを見て涙を拭き


「ご飯食べよ‼」


という気になり1人夕飯を食べました。


その後気付けば夫に


「今日遅い?」


とメールをしてました。


返事は無かったけど、急いで帰ってくれたのだと分かりました。
返事をする時間を帰る為に充ててくれたのは長い付き合い、分かります。

帰宅して状況を軽く聞きます。
私も軽くしか話せない、泣いてしまうから、それは夫に分かります。


TVを2人で見ました。

感動屋の私はよく感情移入して泣きます。
昨夜もTVを見て涙が…
夫はいつも
「あー、泣きよるぅ」
と子供のようにからかいます。

いつもならそこでお互い笑みがこぼれます



昨日は堰を切ったように私が泣き出してしまいました。

父の時も泣きましたが、全部を吐き出しませんでした。

でも今回は

「オトンに続いておばちゃんまで…ってなったら私もう耐えられんかもしれん」

泣きました
声をあげて泣きました

強がりな泣き虫  それが私です。

今度はミミが私を見上げキキが私の顔にすり寄って来ました。


夫は

「おばちゃんの前で我慢しちょったんやろ、よう我慢した。泣け泣け」

と泣かせてくれました

溜まってた辛さを吐き出させてくれました。

「猫も分かるんやの」と笑う夫。





いっぱい泣いた私

「よし、明日もおばちゃんの前でいっぱい笑える‼ありがとう」



と夫に言いグッスリ寝ました。


頑張る私に

「おばちゃんが良くなるまで弁当はいらんよ」

と言ってくれてましたが泣き過ぎて目が腫れた今朝の私はお弁当を作り夫が仕事に行くより早くに病院に来ました。

夫から、お弁当ありがとうメールが届きました。

病院に着くと、手術はそのまま意識無くなることなど考え、担当の医師もまた話しをしてくれたらしく、叔母は手術を辞める決意をしていました。


でも希望に満ちた目をしてました。

癌の進行を止めたり今の癌を小さくする薬は無いが、今の眩暈や吐き気を抑える点滴をするということになったらしく、奇跡を信じると言ってます。

自宅点滴に切り替えたい意思を担当医に伝えてました。

叔母も我が家同様、野良猫が毒を盛られて殺されたりしたことが過去にあり、餌付けをし、慣れたところで連れて帰り、今も10匹家に居ます。
その子達と一緒にいる方が幸せなのは分かります、自宅介護、私と母が通ったり泊まったりして支える覚悟はあります。

父の時に自宅訪問医師をして下さった医師にお願いしてみることになり返事待ち。

藁をもすがる思いです。

が、今年は身内の不幸があり、宮参りに行けないのでお守りも買いに行けないけど。



叔母は1日でも長く生きる為に選択しました。そして私達はそんな叔母を支える覚悟を決めました。


皆さんから頂いたパワーを胸に。

また泣き言、言います、書きます。
お返事は簡単にしか返せないと思います。すぐには返せないかもしれないですし、もしかしたら、書きそびれたりするかもしれません、どうかお許し下さい。


最後まで読んで下さった方々ありがとうございます。

読者登録をして下さった方、ありがとうございます。私、メッセージが受け取れるんですが、お返事出来ないんです。
ごめんなさい。
アメブロさんを怒らせてしまって^^;
ですからこちらですみませんが、お礼のご挨拶にさせて下さい。


皆様からの励ましパワー本当に救われました。

ありがとうございましたm(__)m

頑張りマッスルにひひチョキ


感謝感謝感謝


虹日本一丸虹


※この日記は昨夜と今の2日に渡り書いたものです。話がオカシイかもしれませんがお許しを