今日は洋書について。
たまに洋書を読んだりします。もちろん翻訳版で。
でも、翻訳って相性があるのか、まったく読み進められない翻訳と和書と同じくスラスラ読めるものがあります。
初めは「この本の内容が私にしっくりこないものだったのか・・?」と思っていましたが、途中から翻訳に左右されることに気がつきました。
顕著だったのは名著「夜と霧」ヴィクトール・E・フランクル著![]()
内容は第二次世界大戦中にナチスの強制収容所に収監された自身の経験をもとに、人生の目的を明確にし、その実現に向けて没頭する心理療法を紹介したもの。
〈わたしたちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。
では、この人間とはなにものか。
人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。
人間とは、ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ〉
初めて読んだのは大学生のころだったと思います。
ただ、内容がまったく頭に入ってこない・・・
こりゃ小難しい本を選んでしまったな、なんて思っていました。概要は分かっていたので、「難しい」ではなく、言い回しの複雑な「小難しい」の感覚。
映画化もされているし、有名な書なのに、な・・なぜだ・・・と心の葛藤。
(この気持ち、わかってくれる人いるよね?)
その数十年後、原書の改訂版発行に伴い、訳本も改訂版が発行されていることを知り、改めて新版を読むことに。
・・・これ✨これよ✨✨スラスラ読み進み、感慨深い気持ちで読了。
はい、読みやすかったです。
とまあ、洋書(訳書)にはちょっと癖があるのだなと気づきながらも最近では「DIE WITH ZERO」や「FACTFULNESS」など、海外の本が国内でベストセラーになることもちらほら。翻訳も読みやすくはなっているものの、ホンマか?原書でそう言ってんのかいな?の疑う気持ちはぬぐえず・・
(良くないですねw)
Webで読めるものは洋書で購入して翻訳かけながら読んだり、Kindleでも翻訳機能があるので使いながら読んだり。
まぁ、それこそAI使って原書見たら良いのでしょうね。(著作権のこともあるので、あくまで自分の閲覧のみで)
そろそろ人の手で翻訳する時代ではないのかも~
(いまさら)
とにもかくにも、そうなると世界中の本が読めて知見も広がって楽しいわ~~~![]()

