明月院からの続きです。
明月院を後にして、次に向かったのは建長寺です。
ぷらぷらと歩くこと10分ちょっとで、建長寺に到着しました。
歩いてきた道を振り返ると、すっかり夏の空です
ここで建長寺について
(入口でもらったパンフの受け売りですが…)
建長寺は、巨福山(こふくさん)建長興国禅寺といい、鎌倉五山の第一位、臨済宗建長寺派の大本山で、今から約760年前建長5年(1253年)に鎌倉幕府五代執権北条時頼が建立した日本初の禅寺なんだそうです。
建長寺の開山(創始者)蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)は、中国の高僧無明慧性(むみょうえしょう)に学び、寛元4年(1246年)33歳で来日し、九州、京都を経た後、鎌倉に入り北条時頼に請われて建長寺に迎えられたそうです。
蘭渓道隆は、中国宋時代の純粋で厳しい禅をそのまま導入し、建長寺は天下の禅林として多くの僧を集め、中国文化の受容、勉学の場として、一時は千人を超える僧を指導し、その教えは、国宝として今も寺に残る「法語規則」に見ることができるそうです。
「建長汁(けんちんじる)」は、建長寺発祥の料理なんだそうです。
ではでは、あとは写真でも見てやってください(*^▽^*)
おぉ!立派な入口だぁ!
総門をくぐって、受付の前から
空の青と木々の緑が、とっても綺麗
先に進むと、まず三門です
次が、仏殿です
東京芝の増上寺よりのお江の方の霊屋を建長寺が譲り受け仏殿としたそうです
本尊地蔵菩薩
法堂
釈迦苦行像
法堂の天井画 雲龍図
唐門
元は、お江の方の霊屋である仏殿の前にあった門です
大河ドラマ人気のおかげ(?)で、綺麗に修復されたらしいです
方丈(龍王殿)裏の庭園です
庭園とその後ろの緑の山、さらに後ろの青い空が、とても綺麗で、嫁さんと二人で、しばらく置いてあった椅子に座って、ボーっと眺めていました
大きな蓮の花
これも紫陽花?
さてさて、今回の北鎌倉散策は、ここで終わりです。
嫁さんと、「また、今度ゆっくり来ようね!」と話をしながら、建長寺を後にし、北鎌倉駅へと戻りましたとさ…(´∀`)
明月院を後にして、次に向かったのは建長寺です。
ぷらぷらと歩くこと10分ちょっとで、建長寺に到着しました。
歩いてきた道を振り返ると、すっかり夏の空です
ここで建長寺について
(入口でもらったパンフの受け売りですが…)
建長寺は、巨福山(こふくさん)建長興国禅寺といい、鎌倉五山の第一位、臨済宗建長寺派の大本山で、今から約760年前建長5年(1253年)に鎌倉幕府五代執権北条時頼が建立した日本初の禅寺なんだそうです。
建長寺の開山(創始者)蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)は、中国の高僧無明慧性(むみょうえしょう)に学び、寛元4年(1246年)33歳で来日し、九州、京都を経た後、鎌倉に入り北条時頼に請われて建長寺に迎えられたそうです。
蘭渓道隆は、中国宋時代の純粋で厳しい禅をそのまま導入し、建長寺は天下の禅林として多くの僧を集め、中国文化の受容、勉学の場として、一時は千人を超える僧を指導し、その教えは、国宝として今も寺に残る「法語規則」に見ることができるそうです。
「建長汁(けんちんじる)」は、建長寺発祥の料理なんだそうです。
ではでは、あとは写真でも見てやってください(*^▽^*)
おぉ!立派な入口だぁ!
総門をくぐって、受付の前から
空の青と木々の緑が、とっても綺麗
先に進むと、まず三門です
次が、仏殿です
東京芝の増上寺よりのお江の方の霊屋を建長寺が譲り受け仏殿としたそうです
本尊地蔵菩薩
法堂
釈迦苦行像
法堂の天井画 雲龍図
唐門
元は、お江の方の霊屋である仏殿の前にあった門です
大河ドラマ人気のおかげ(?)で、綺麗に修復されたらしいです
方丈(龍王殿)裏の庭園です
庭園とその後ろの緑の山、さらに後ろの青い空が、とても綺麗で、嫁さんと二人で、しばらく置いてあった椅子に座って、ボーっと眺めていました
大きな蓮の花
これも紫陽花?
さてさて、今回の北鎌倉散策は、ここで終わりです。
嫁さんと、「また、今度ゆっくり来ようね!」と話をしながら、建長寺を後にし、北鎌倉駅へと戻りましたとさ…(´∀`)