アトピーブログ☆アトピーだからこそオシャレに輝いて生きるブログ☆ -6ページ目

蒸すわぁ~。。。

タイトルが山田花子の新喜劇ネタってことは
一体何人の人がわかってくれるんやろか…


何が言いたいって、



暑い。



と共に



カユい…。。。




夏が嫌いなのは、汗かくとこ。

汗かくだけなら全然ガマンできるけど、

汗かいたら痒いからイヤ…(。´Д⊂)



しかもあたし、人一倍汗かくしなぁ…




なんか、「暑いと何もやる気起きん」とかだらけてる人が
むかつく時さえある。

「あんたは別にかゆくないねんから何でもできるやん」

って…  まぁソレは言い過ぎですけどね…




なんかもう
せっかく脱保湿とか何とかゆうてても
汗かいたりで全然脱保湿にならん。カユス。
状態良く無いなぁ…


そうこうしてるうちに
東京へ来て一年ですわ…
早いような早いような… あ どう考えても早いわ…


ほんまにちょっと仕事がんばりすぎなのもあるんかなぁ
楽しいしやりがいあるけど…
以前より長く仕事場いるから、
やらなあかんことが多すぎて
自分の時間がどんどん無くなるからか…




ちょっと…

ゆったりしなきゃ…


治るモンも治らん…(´Д`)


バーゲン行ったけど、今年はあんまり服欲しくないんですよね。
ヒザの裏出せないのでミニ丈はけないし、
特にヒジの裏がずっと膿んでたりする状態なので
あたしがよく着る白い7分丈(カーデとか)が着れん。

ミニ丈は、立ち仕事のせーでふくらはぎの筋肉が隆々なので
もともと無理やろう、ってことで諦めつくけど
ヒジの裏は困るなぁ…
白で隠すことはできんし(血ぃとかついちゃう)
黒の7分とか着ないと隠せないし
べつに隠さなくてもええんやけど、
汗かいてそのまんまやと患部がべったべたして痛いし…

もともと
仕事柄、スニーカーとか動けるカッコじゃないと
あかんことが多いから、限られるし、
その前に化粧できんし…そら着飾る気も少し失せますわ。



…まぁ、グチはこれくらいにして。すんまへん。

まずは精神的にもーちょっと落ち着いて
ゆったり治していくことにしよう。
バーゲンはちゃんと綿密に計画立てて実行したり
美容院行って髪ツルツルやったり、
ちゃんとイイコトはあるんです。


気を取り直して
次はバーゲンについてつらつら書きまっす。(´∀`)

なんじゃこりゃぁ!?((;゚Д゚))

おひさしぶりでございます~

ちょいバタバタしておりました。


大阪帰ってて休んだ分、休み減らしてもろたら
思ったよりちょっとしんどかった…
今ってやらなあかんこと多すぎるんで
もうちょっと自分の時間増やしたいっす…

今の仕事、楽しい分 頑張りすぎちゃうとこもあるし…
来週はバーゲンやし、きっちり休みまする。



そんな状態のせいか
昨日、何故か急に首から顔がめっっっさカユくなり
気付けば、カオがでこぼこに…Σ(゚ロ゚;)

首の出方からしてヘルペスの可能性もあったので
一応ヘルペスの塗り薬塗って寝たら、
朝起きて一応おさまってましたが…
びっくりしたぁ…
疲れとか緊張とかストレスとかが爆発したんですかね…
寝不足もあったかも…

しかし、ヘルペスって一度出ちゃうと
すぐには治まらないので、
接客業やってると特に恐怖そのものですな…
前回も、大阪でイベントの仕事のときに出るし…
ほんまヘルペスウィルスって嫌いヽ(`Д´#)ノ



今週はもーちょっとゆったり頑張って
来週のバーゲンに備えようと思います(●´∀`●)

病気とたたかうということ

もともと、お見舞いの為に大阪に帰る予定だったんですが
あたしが出発する直前に、
祖母が、亡くなりました。


祖父は10年前に亡くなっていて
兄は早くからいろんなところで働く仕事に就いていたので、
しばらくの間、祖母・母・私の女三人で住んでいました。

大阪の女が三世代寄れば、かしましい…というよりも
三人とも人の話は聞かず、自分が喋りたいだけ喋るので
会話になっていないという(-_-;)

母はもともとおとなしい性格なんですが
祖母はよう喋るし、耳が悪いので自然と声がでかい。
あたしはというと、もともと声がでかい。
まーにぎやかでした。


祖母は本当に社交的というか…
祖父が亡くなってからは特に、仕事を続けながら
よく旅行など遊びに出かけたり、日本舞踊やってたり
家にいればずっと電話で友達と喋ってたり…と
とにかく活発でした。
年寄りのくせに、料理をはじめ家事をめんどくさがって
年寄りのくせにインスタント食品で済ませることも多かったり。
めちゃくちゃでしたが憎めないひとでした。


もちろんあたしがアトピーひどくて大変なときを見ていて
母同様、祖母にもあたってしまったりした時もあったと思われますが
いつも心配してくれて、叱ってもくれました。

あたしのアトピーがマシになって、明るくなったのを見て
すごく喜んでくれて。
ファッションに目覚めていろいろ着飾るようになってからは、
「それキレイやなぁ」と よくホメてくれて。

カオにアトピーが出てしまった時も
すごく心配してくれて。
苦しい時期を乗り切れたのは、祖母のおかげでもありました。


すごく心配や迷惑ばかりかけてるのに、
あたしなんてエエ歳して稼ぎ少ないので
ゴハン食べに連れて行くことすらできん不孝者…
せめて…と思い、家にいるときはいろいろ話したり
京都に行ったときに、好きな色の可愛いケータイケース買って帰ったり。
それだけで、すごく喜んでくれました。

あたしが働くようになってからはあまり家に長くいなくなりましたが
仲の良いいとこ家族に小さい女の子がいるので、
孫のめんどうをよく見に行ってて、楽しそうでした。


ある日、そんなおばあちゃんが
病気にかかっていることがわかりました。



がん。でした。



あんなに元気だった祖母が…
信じられませんでした。

「これからは、あの元気なおばあちゃんの姿はもう見れないと思う」

と 母に言われました。
それでも、信じられませんでした。


それとは裏腹に
ずっと続けていた仕事も辞め、入退院を繰り返し、
日に日にやせていく祖母。

あの元気だった祖母が、こんなに弱るなんて…

それでもあたしの心配をしてくれる祖母。
まともに見れませんでした。
入院中の祖母をお見舞いに行った帰り道は
いつも泣きながらでした。

抗癌剤治療をしていたので、副作用との戦い。
その頃、あたしはというと
アトピーがまたひどくなっていた時期で…

おばあちゃんはあたしの何倍苦しいと思ってんねん。

自分が恥ずかしくさえ感じた。



そんな中、あたしに転機が訪れました。

東京行き。

祖母になかなか会えなくなってしまうことが
どうしても心配やったけど、
このまま大阪にいても、前に進めない。
現状を変えなければ、結局心配かけてばかりのまま。

資格を取ったり、楽しいと思える仕事を頑張っていると
報告すると、すごく喜んでくれた祖母。
あたしができる恩返しは、あたしのやりたいことを頑張る事だと思い
東京へ行きました。


東京へ出てからは、なかなか大阪に帰れなかったけど
帰ったときに、東京でいい皮膚科見つけたーとか
仕事頑張ってんねんーとか楽しいでーとか
いろいろ報告できました。
おばーちゃん、すごく喜んでくれた。


今回も、いろいろ報告して、喜ばせようと思っていました。
かなり容体が悪化してて、声があまり出せない状態と聞いていたけど
兄も同じ日に帰るので、超久々に家族揃うし
報告したら、絶対喜んでくれるはず。そう思っていました。



それが叶わなかったのが唯一残念だったけど…

東京に来たことを、後悔はしていません。


あたしが泣いてたら
いとこの女の子が

「おばあちゃん、あたしらのこと天国で見ててくれるから大丈夫やで」


なんか…
普段は、そんなドラマみたいなセリフ聞いても
何とも思わない、正直冷めてる部分のあるあたしが…


初めて、その言葉の意味がなんとなく分かった気がしました。


天国で見ててくれるっていうのはつまり
残った者の心の中で、確かに生きている。
あたしの心の中から、あたしをずっと覗いてくれている。
心の中で、ずっと見守ってくれている。


「あぁ…あたしらの中でずっと生き続けるってこういうことなんや」


だから
これからは、あたしの心の中で生きている祖母に
あなたのおかげで、頑張って生きていますと
いつも報告していこうと思います。

病気になってからも
苦しい治療に立ち向かい、闘っていた祖母に負けないように
持病(アトピー)や、色々な困難にも逃げずに立ち向かい
祖母を喜ばせられるように。


それが、おばーちゃんへの「ありがとう」だと信じて。