かなーりひねくれてるかもですが。



世にはびこっている気がします、
「愛され〇〇」

愛されメイク
愛され妻になる方法
愛されボディ
愛され恋愛術

タイトル的には、女性がメイン対象ですね。


だれに愛されるためにするんですか、って話ですよ。


その方法をね、実践する人、いるでしょう。
これやったら、あの人から愛される!って

がんばる人いるでしょう。


実際ね、そのやり方して、愛されたとして、
嬉しいですか、っていいたいの。



その方法が、実践する本人にとって、まさに個人的な喜びになるんだったらいいと思う。

それは、自分を愛してるの。
自分が愛してる「こと」をしてるの。

相手関係なく、個人的に好みのメイクだとか。
他に例を出そうにも、内容知らないからあんま出てこないんだけども。


要に、相手を意識して自分を変えるか、
自分自身が、グッとくるものを取り入れるか、
ってところ。


相手意識するとね、自分を変えるのが目的になるね。
たまたま自分が好きなことして、たまたま人が、そんな自分を好きと思ってくれたらラッキーだよ。

でもね、自分を変えようとしなくていいんだよ。
ゴールそこじゃないのよ、そこ注目しなくていいのよ。


しんどいじゃん。
ずーっと「愛されメイク」しないといけないの。
ずーっと「愛され妻」の行動意識しないといけないの。

そんで実際、誰かから愛されたらさ、こう思うの。
愛されメイクしてるから、愛されてんだ。
(すまんね、メイクしか引き出しなくて)

みたいにね。
「愛され〇〇」してるから、愛されてるだけで、
ほんとの自分が、愛されてるわけじゃないのかも。

ってなるのよ。

そこからまだ悩む人いるね。
これ、いつまでしなきゃいけないんだろう。
やめたら、愛されなくなる。
やめるのこわい。

そんでずっと「愛され〇〇」し続けちゃう。
それはかなり、苦しいね。

愛されるためにやっても、愛されてる実感、ない。
むしろ、疑心暗鬼。




「愛され〇〇」はきっとファッションなんだよ。
愛されてる感じ、を楽しんでるだけ。
何を愛するかって、人によってちがうんだから。


愛されるために本気でしても、愛されるとも限らない。愛されたとしても、それをしてる間だけかもしれない。


そんなの、誰のためになる?


「愛され〇〇」って名前がついてることに限らない。



そこに、個人的な喜びは、ある?





 -Ato-