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アトピーママは、アダルトチルドレン

脱ステ経験のママと、アトピーの息子の奮闘記です。シングルマザーで、現在アダルトチルドレンの症状をかかえながら、息子と向き合い毎日を大切に過ごしています。

昨夜は妹が来てくれた。

母の事をじっくり話した。

感じ方は違うけど、傷ついた心を話した。


妹には、姉である私と言う殻を破って、会話ができる。

それは、妹が心を開いて聞いてくれる姿勢で、理解しようという気持ちがあるからだと思う。


母は、気分が滅入ると、無言になり具合が悪くなる。

そして、こちらから歩み寄らなければ、歩み寄ってはくれない。
小さい時からそうだ!


そして、現実逃避したくなり、旅行へ行く。


しかも、妹から聞かされる。


母は、友達がいない。

可哀想な人だと思う。


友達がいないのは、なぜなのかわからなかったが、今はわかる。


いなくて、当たり前だ。


母もアダルトチルドレンだ。

娘達二人が鬱になり、ようやく自分の子育てが間違っていた事に傷ついた。


でも、何が間違っていたのか?

根本は何か?

そこまで深く理解しようとはしていない。


なぜなら、母自身がアダルトチルドレンだとは気付いてないからだ。


父とも向き合ってきていない。

父が留守になると、全てを放棄し無になる。
気が抜けたように。


小さい時から、母の言い訳は「お父さんが…」から始まる。

だから、父は悪だった。


妹はずい分前からその事に気付いていた。

私は、何を言っているんだ?と首をかしげていた。


でも、今はよくわかる。


祖母も八方美人だ。

母もまた、八方美人だ。

八方美人な事に気付いていない母が不敏に思う。


なぜなら、八方美人な言動が見えるたびに、母に対して、嫌悪感を感じる娘が二人もいるから。


母の愛情表現は、お金。


でも、そのお金は、私達が小さい時、寂しさや孤独を味わったから今があるのだ。


小学生の頃、朝学校へ行く時に、母にいってらっしゃいと見送られた記憶はない。

もちろん、朝ごはんなんてない。

どんなに雪が降り積もった朝でも。


学校から帰ってもお帰りなさいなんて、ない。

そして、会社での気分が家に持ち帰られ、父と母の顔色を伺う毎日。


私は小学生の頃付いた嘘がある。

それは、毎日帰ったらおやつが用意してある!と言う嘘だ!

おやつなんてない。

近くの商店へ行き、好きな物を後払いで買うことが許されていた。


ある日私は、自転車で転んで帰宅した。

腕が痛くて痛くて泣いていた。


夕方の5時ころだったと思う。


病院へ連れて行ってもらえたのは、次の日の朝だった。


骨折していた。



救急外来あったよね?当時も。



母の頭の中の順番は、父→兄→妹→母→私。

私はそう感じて生きてきた。


でも、その思い込みを書き換えないといけない時期来た。


そして、母は父と向き合い、自分自身に向き合い、生きづらさを手放して欲しい。


今日は、そう思う。