両親の離婚。
それは、当時の私にとってはある種の救いになりました。これで、落ち着いた暮らしが出来ると。

しかし、妹にとってはショックが大きかったみたいで、段々と荒れていくようになりました。
そんな妹は、忘れもしない、僕が高校2年の秋。私の中学の部活の後輩で、妹の友人でもある女の子が交通事故で亡くなり、それ以来妹も父と同じように家に帰って来なくなりました。
妹は妹で、色々と考えることがあって、その色々を上手に消化出来ずに、溜まったフラストレーションをぶつける相手が欲しかったのでしょう。よく母親と対立していました。家で大声をあげて叫ぶ妹を歳の離れた弟は怖がり、妹が珍しく家に帰って来た時には、直ぐに私のところに来て助けを求めるように側に寄り添って来ました。さすがに妹も、男でがたいの大きい兄の私に向かって来ることはありませんでしたから。

その様にして家族が段々とバラバラになっていく中、私自身も大学入学の為、実家を離れ大阪に来ることになりました。

これからのこと。家族のこと。不安なことは沢山ありました。
それでも、新しい生活の慌ただしさと新鮮さが、私を取り巻くあらゆるしがらみを隠してくれて、それなりに満足のいく生活を送っていました。


そんなある日の夜、私は夢を見たのです。


続く……

カンティーンボトルを買いました。


夢を見るように-SH3K00810001.jpg


早速、バンホーテンココアを作って入れてみました。
ココアの粉と砂糖とミルクを練り練りするのが楽しいですよね、ココア作りって。


ブログというものを始めて半年位経ちました。
ここで、回りの人にもあまり話したことがない、私自身について書いてみようと思います。



私の両親は、私が中学生の時に離婚しました。父親が家を出ていくというかたちで、私たち家族は6人から5人になりました。その後直ぐに歳の離れた兄が就職して家を出ました。私の家族は4人になりました。

仕事で家に居ない母の代わりに、次男の私が必然的に家のことをある程度任される様になり、離婚の後の何だかんだのゴタゴタを悲しむ暇もありませんでした。

離婚の理由をはっきり聞いた訳ではありません。ただ、家の内情を測るのは難しくありませんでした。
私の父は借金を作り、家にお金を入れなくなりました。そして、いつからか、家にも帰って来なくなりました。その頃から、家に借金取りから電話がかかってくるようになり、朝から晩まで鳴り続ける電話に恐怖を感じて私はノイローゼになりました。このノイローゼはトラウマになり、私はその頃から電話のベルが鳴る度に胸の鼓動が早くなり、手が震え、電話に出ることが出来なくなりました。これは私が大学に入って暫く経つまで続きました。今でも携帯の着信音を聞くと凄く不快な気持ちになります。
母に至っては、借金取りから脅されて泣いていました。

また、父は女遊びも酷かった様で、不倫相手が家に乗り込んで来ることもありました。

そんな父の不甲斐なさが原因だったのでしょう。


続く……