バチカンは、イエスを利用して偽の神エンリルを崇拝してきた。
If multiple deities are worshiped as "God" in the Bible that contradict Jesus's teachings about God, why aren't Christians more discerning?
— Kab (@Kabamur_Taygeta) November 16, 2024
Keep in mind, the Bible wasn't written as one book but was compiled from many known and unknown sources. Scriptures are records of both… https://t.co/oVW1EohM2R
聖書では、イエスの神についての教えと矛盾する複数の神が「神」として崇拝されているのに、なぜキリスト教徒はもっと識別力を持たないのでしょうか?
覚えておいてください、聖書は1冊の本として書かれたのではなく、多くの既知および未知の情報源から編集されました。聖書は、光と闇の両方の ETとの接触の記録です。
イエスは宗教を創ったのではない。エリート層はイエスを利用して、犠牲に基づく既存の信仰を守りながらイエスの教えを軽視する新しい宗教を創ったのだ。
主流の「神」はヤハウェ・エホバ(エンキ)でした。彼の宿敵は「主」を意味するバアル(エンリル)であり、「神々の父」とも呼ばれている。彼らはアポロ(ルシファー)とゼウス(サタン)としても知られています。彼らは協力して、人々を絶えず対立させる偽りの「善と悪」のパラダイムを作り出し、人類を欺きました。
Jesus called the mainstream God of his time "the devil" a "murderer from the start" and "father of lies."
— Kab (@Kabamur_Taygeta) June 20, 2024
There's no record of him mentioning Yahweh because Yahweh wasn't his God. pic.twitter.com/kgz5RMThmZ
イエスは、当時の主流の神を「悪魔」であり「初めから人殺し」であり「偽りの父」と呼んだ。ヤハウェは彼の神ではなかったので、彼がヤハウェについて言及した記録はありません。
Christians were tricked into following the beliefs of Jesus's accusers instead of his own.
— Kab (@Kabamur_Taygeta) November 15, 2024
He taught God is within us. God is love. Moral choices save us. We'll do greater miracles.
He never taught blood magic rituals to "God" because they're for demons. Blood won't save you.
キリスト教徒は騙されて、イエス自身の信仰ではなく、イエスを告発した人々の信仰に従うようになりました。
彼は、神は私たちの中にいる、神は愛である、道徳的な選択が私たちを救う、私たちはより大きな奇跡を起こす、と教えました。彼は「神」に血の魔法の儀式を教えたことは一度もありません。それは悪魔のためのものだからです。血では救われません。
バチカンが史実を隠蔽・捏造した『聖書』と同様のことが日本列島に於いても起きているのか? ……と思って史実から推測できることを考えてみた。
BC922年頃に、イスラエル12部族は、北のイスラエル10支族王国と南のユダ2支族に分裂した。
BC722年に、北イスラエル王国はアッシリアに侵略されて首都サマリアが陥落して滅亡。アッシリアに捕虜として連行されたが、その後、中東を経てアジア大陸に離散したと言われている。この北イスラエルのヘブライ人たちが中国大陸・朝鮮半島を経て日本列島に入った(青森県に一戸から八戸、九戸とあるが、「戸」とはヘブライを表すとも言われる)。
その間、独立を維持していた南ユダ王国であったが、台頭した新バビロニアによってアッシリア帝国が滅亡すると、BC586年、南ユダ王国首都エルサレムが陥落して、新バビロニアのバビロンに連行された(バビロン捕囚)。
BC538年、ペルシア帝国のキュロス2世(アケネメス朝ペルシア)が新バビロニアを亡ぼすと、ユダヤ人たちはエルサレムに帰還してヤハベ神殿の再建が認められた。この南ユダ族にとっての苦難の時代を通してヤハベ(YHWH)を唯一絶対神とする信仰が極まった。
このヤハベ(YHWH)の正体は、実は「神」のふりをしたエンリルであった。
紀元前、先に日本列島に入った北イスラエル10支族ヘブライ人は多神教であったため、当時日本列島にいた縄文系の人々と和合して、東北から近畿・中国地方にまで広がる古代出雲国(王権が存在しない緩やかなネットワーク)を形成した。紀元後には、このヘブライ人を通じてイエスの伝承が伝わったが、イエスの響きは、古代出雲の人々には違和感なく受け入れられたであろうと推測する。
ここへ南ユダ族がやって来ることになるが、初めて渡来したのは、4世紀、秦氏と共にやって来た、後に応神天皇と称されるようになった人物。南ユダ族のヤハベ(YHWH)信仰は、ヤハベ(YHWH)の形を変えた八幡(ヤハタ)信仰として応神天皇以後に広まることから推測される。
その後、バビロン捕囚から解放されると、ユダ族は日本列島を目指し、その中には、ユダ族レビの中臣鎌足がいた。その子の藤原不比等は『日本書記』を編纂して、藤原氏による支配を定着させてゆく。『古事記』も同様で、不比等は渡来人であることを隠蔽しつつ、神話時代から古代出雲の歴史を全て日本列島内で起きた出来事とする歴史書を作り上げた。ここには、旧約聖書・ヘブライの歴史をも取り込み、中国大陸の『史記』にならって、藤原氏による支配を正当化した。
日本列島に於けるヤハベ(エンリル)の影響、その淵源はどこにあるのかと考えると、藤原不比等が編纂した『日本書記』『古事記』まで辿ることができる。
一方、イエス(エンキ)の影響は、ヘブライ人と融合した古代出雲国に求めることができると思うが、確認される史実としては、聖徳太子の存在であろうか。古代史研究者の小林恵子氏の説では、聖徳太子の正体は、西突厥(にしとっけつ)から渡来した達道(タルドゥ)であると言う。後に空海…古代出雲の血族である佐伯真魚(さえきまお)が密教で説いたように、聖徳太子も仏教の中にイエスの波動を求め、たとえば、秦河勝(はたのかわかつ)が聖徳太子から賜った弥勒菩薩半跏思惟像(広隆寺)の美しい姿にそれが結実している。

イエスの波動は、日本列島に於いてもヘブライ人や聖徳太子、空海等を経ながら伝わっていた。