私達は客観や主観っていう言葉を何気なく使ってるけれど、言葉の定義についての論争や
哲学しだすと、頭が
変になりそうじゃないですか?
ですから、今日は転法輪で例を用いてすっきり説明させて頂きたいと思います(^_-)-☆
例えば定が
(A課長がBさんに「責任はすべて君にある」と言って、私の方を振り返って笑った)
という実際の出来事を例にして説明もできますが、
まずは、分り易い様に定の対象が単品の何かで説明してみたいと思います。
そーですね~(*^ー^)ノ
皆さんはハイブリットカーのプリウスをご存じですよね?
プリウス(客観)を見て皆さんはどのように思いますか?
「ヘッドランプがかっこいいかな~」いやいや「ヘッドランプはダメっぽい」 「タイヤがしょぼいかんじ」
「シフトレバーが未来的なかんじ」いやいや「シフトレバーはおもちゃみたい」
「後ろから見たらかっこいいかな~」
「燃費が良いほうじぁないか」とか「燃費はまあまあ良いみたい」とか
「燃費とか言ってる時点で×だろうな~俺のは電気自動車」
「室内が広いよな」いや「家は8人家族だから室内はせまくかんじるな~」
「室内が未来っぽい!」
つづく…
一つの車という物でさえ千差万別の思い(主観)があるのが分ると思います。
これを転法輪でいいますとですね~
その物や事象の
「どこに観点(興味の焦点)を置くのか?そして、それをどのように洞察(般若の智慧)するのか?」
ということになるのです。
「どこに観点を置き、どのように洞察するのか?」 (千差万別ですよね?)
それが転法輪の興味・般若側の心の役割です。
PS それを主観って言ってしまって良いかは別問題として
高速で動く心が
スローモーションで捉えられるようになってきませんでしたか![]()