今、現在の、現代詩手帖とユリイカ、入選詩あれこれ | 読書と、現代詩・小説創作、物語と猫を愛する人たちへ送る部屋

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小説や詩の創作、猫また大学通信を書いています。Twitterは、atlan(筆名:竹之内稔)@atlan83837218 放送大学在学中。「第8回新しい詩の声」優秀賞を受賞。
 京都芸術大学の通信洋画&文芸コース卒業/慶應義塾大学通信卒業/東洋大通信卒業/放送大大学院の修士全科生修了。

ふと、「現代詩手帖」と「ユリイカ」の、現在の入選詩について、解析してみたくなった。

 

「現代詩手帖」の選者は、小笠原鳥類さんと森本孝徳さん。

そこに、現実に入選している作品は、僕には、次の三種に見える。

 

①大崎清夏さん、言うところの「言葉の乱反射」的な言葉遊びを無限に繰り返す、早口言葉的な作品。

 

②選者も講評で述べる私的で、ブログの文章を縦書きにしただけの日常感想の、擬似散文。

 

③数少ない行分け詩。しかし、ハッとするフレーズやイメージのあるものは少なく感じる。

 やはり、言葉の乱反射的なフレーズの洪水が続く。もしくは、極私的な家族の物語りを一方的に早口に語るもの。

 だからか、たまに、高梨 章さんと、三島祐太さんの短詩(共に9月号)が輝く。

 

  「冷静」 高梨 章

 

滝といふ字と

魂といふ字は

似てゐないのに

 

眼球のなかの魚を

きれいに焼く

 

  「像」  三島祐太

 

オーバーオールを着て

三輪車を漕ぐ

身体は幼児

顔は老いたボルヘス

 

突然現れし者は

要約性について語り

西方浄土へ去って行った

ロスマンズの残り香

 

二つとも、短歌や俳句に似た短詩の魅力が際立っている。

 

対して、「ユリイカ」はどうか。

上記の②に似て日常風景ではあるものの、ブログを縦にしたものじゃなく、何やら不思議な言葉や思いが述べられている。

そんな詩が多い。

清夏さんは「言葉を大切にしている」と言う。

僕には、そこにポエジーがあるのかどうか、よくわからない。

だが、いわゆる起承転結ではない気がする。