ようやく続きを書く時間が取れたので

書いてみます。


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話は少し遡ります。



私たちは、結婚して5年ほどは子供が授からず、

やむなく地元で有名な不妊治療専門の産婦人科

受診することになりました。


過酷な不妊治療の末、半年後にようやく妊娠。
しかし、8週目には稽留流産してしまいました。


稽留(けいりゅう)流産とは、

お腹の中に留まったまま胎児が死んでしまう事です。

エコー検査で心拍が止まっていることが分かり、

突然医師から宣告されます。


現実を受け止めるのは妻にとって大変だったのですが、

そのままにしておくと母体の生命の危険にもなるので

当日のうちに子宮内除去手術をすることになりました。


その後、大変辛かったですが

"期間を余り開けずに次の治療に入ること"

勧められたため、妻の復調を待って半年後には治療再開。


その後再び妊娠しましたが、またしても稽留流産。


めげずに再々チャレンジして、再び稽留流産・・・。


つまり、2年間で3度も失敗してしまったのです。


流石に妻も体力的よりも精神的に参ってしまい、
治療は一時中断することになりました。


・・・


そして2年程が過ぎて、

前回のブログでの"あの職場"に勤めている時に、

施設の更に整っている県外の有名病院に転院して

不妊治療を再チャレンジをすることになりました。


かなり費用はかさみましたが、今回は顕微授精をすることとなり
凍結胚(培養器で受精させ、何分割か育てたものを凍結)の

準備も整い、あとは胚移植(お腹に戻す)を待つのみでした。


ちょうどその頃が"あの職場"がまとまりを欠いていた頃で
妻は県外の病院への通院をしつつ、
職場でも戦っていた

事になります。


この2つの解決し難い大きな悩みを抱えているうちに
(他にも妻を取り巻く問題はあったんですが...)
妻自身もこのままでは身がもたないと危険を察知したのでしょう。


この最中に、以前のブログのとおり

「今すぐ職場を辞めたい」

と妻から相談を受けました。


この発言が初めてあったのは、2006年(2年前)の年初めです。
この時に職場を直ぐに辞めさせて

問題を不妊治療の1本に絞ってあげれば
ひょっとしたら"うつ"の発症も防ぐことが出来たかもしれません。


しかし、一番の理解者であるべき私は

「(妻の)職場の人員が足りていないしね」とか

「もし辞めるにしても"良い辞め方"をすれば、また再就職出来るよ」
といった感じの発言しかしなかった覚えがあります。


今でも妻の"うつ"の状態が悪いときには、

この時の話を引き合いに出されて恨み辛みを言われることが多いです。

これがターニングポイントだったんですね。


その後、2月・3月と時は過ぎ、

「辞めたい」と言いながらも無理に続けてきた職場は

人員的にもギリギリで、完全に辞めるタイミングを

失っている状態でした。


不妊治療で職場を休まなければいけないことが多かったので、
職場の同僚にも不妊治療のことは伝えていました。


大半の同僚が既に子持ちの女性の方で、

"女性は子供を生んで当たり前"的な

会話に自然となっていき、励ましの言葉を貰えば貰うほど

大きなプレッシャーにもなっていったようです。

「今回の胚移植は絶対成功させなければならない。」


と。 


・・・


胚移植をするには母体の体調を整えなければなりません。


説明すると長くなるので詳細は避けますが、


県外の病院にも何度も足を運んで

沢山の薬を飲み続けて、

肺移植が出来る状態で
手術日を向かえなければなりませんでした。


手術日は4月初旬に決まりました。


手術以降は安静が求められるため
職場も3月末で辞めることにしました。


しかし、今思えば、この時には既に妻の様子は

少しおかしかったように感じます。
笑顔も殆ど無く、いつも何か考え込んでいる様子で・・・。


そして4月に入り、産婦人科での手術当日。


手術前に母体の検診を行なったのですが、診察結果は


「今は凍結胚を戻せる状態では無い。

 また一からやり直しです。」


という非情なものでした。つまり、


再び1ヶ月以上の通院・診察を行ない、
胚移植の出来る状態にしなければ

ならないことになります。


・・


妻のショックは想像以上でした。

遣り甲斐を持っていた職場は

「自分が必要だったはず・・・」という未練を残しつつも、

不妊治療に専念するために辞めました。


しかし、その精力を傾けていた不妊治療にまでも
そっぽを向かれた今、妻には"身の拠りどころ"

全く無くなってしまいました。


それから妻は自宅で塞ぎこむようになりました。


「また次回頑張ろう」と励ましたんですが、

「送別会までしてくれた職場の人に顔向けできない」
「また一からやり直しなんて・・・」

と、常に悲壮感の中をさまよっている状態でした。



私はその時、



『過去に3回も流産を経験してきて、

それでも立ち直っている妻のことだから、

一時的には落ち込むことはあっても大丈夫のはず。

今はじっくり自宅で休養すればいい。』

 

と思っていました。



妻の異変にも気付かずに・・・。



・・・



(またしても長くなったので次回へ続きます)