2008年某日

成田さんとのことが全部終わって、しばらく経って、
私はタカキと別れることを決めた。

別居を決断するまで、
毎晩毎晩、話し合いと罵りあいと暴力の繰り返しだった。

「何度浮気されたって、見逃してきたじゃないか」
「また新しい男ができたんだろう?どうせうまくいかないよ」
「いつまでそんなこと繰り返すつもりなんだよ」

最後は必ず殴られたり、蹴られたり。

暴力で一日はようやく終わる。

顔も腕も足も青アザだらけ。
そんな嵐のような毎日の合間に、ふと流れる凪の時間。
いつものように、PCの方を向いたままタカキは話し始めた。

「去年の夏、何度も朝帰りして、携帯ばっかりいじって、
あの時絶対男がいたよな?」

私は答えなかった。

「別に責めてるわけじゃないんだ。
ただ、あの時のことだけは不思議で仕方ない。
怒られても、殴られても、“あともうちょっとだから、
数週間だから見逃して”って」

胸が痛かった。

何ヶ月経っても、あの時のことを思い出すと
キリキリ胸が絞めつけられる。
だから何にも言えなかった。

「適当に言い逃れしてるだけだと思ってたけど
お前本当に2,3週間で、ピタッと朝帰りも止まったし、
携帯見向きもしなくなったよな?」

頷いた。

不思議でしょうね。
ぴったりくる答えはきっと思いつかないでしょう。
自分の妻がどんな馬鹿げた恋をしていたかなんて、
想像もつかないでしょう。

「あれは一体なんだったんだろうなぁ
今だにあの時のことはわからないんだ」

別に答えを期待している、という風でもなくタカキは
独り言のように言って首を傾げた。
その証拠にそれ以上私には何も聞いてはこなかった。


その何日か後、私はあの川沿いの家を出た。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


2007年8月


10時頃、おはようってメールがきた。
仕入れの仕事が終わったので、これから出かけますって。
どこに出かけますとは言わない。
ただ出かけます。それだけ。
つまり言いたいことは、

出かけるのでメールはしばらくできません。

そういうこと。

おかしなところは何もなかった。
花魚の足あとの件、
日記もあるし本人から話も聞いているんだろうけど
おそらくただの迷惑メールと認識しているね。
花魚本人はどうか知らないけれど。

ずれたおはようメールに私は返事をせず、
ひたすら仕事に集中していた。
正確には、しているふりをした。

仕事は仕事、プライベートはプライベート。

念じるように戒め続けたけれど、思考の軸はぶれていく。

お昼過ぎ、たまらなくなりメールをした。
多分今頃、海だか山だかどこかの街だかへ
向かって車を走らせているんであろう時間。
 

Subject: Re:大丈夫?
To: 成田
具合悪いんじゃないかと心配になっちゃった
今日は忙しいって言ってたから
昨日はちょっと会えたらいいやって思っただけなの
でも夏休みだから許して
一回だけ、大好きってメールして?
それで夜まで頑張るから。
お願い


送るだけ送って、
送った内容に後悔しつつ、
返事なんて一切期待しないでいたのに
30分もしないうちに携帯が震えた。


From: 成田
Subject: Re:大丈夫? 
大丈夫。
大好き\(#⌒0⌒#)/さち


いつもは絶対にメールなんてこない。
夢の世界からは到底届かない、彼の現実。
私のメールに何か違うものを感じたのでしょう。

この時、初めて、
私の住む夢の世界と現実が繋がった。

メールなんて無視してくれたらよかったのに。
いつものように、大丈夫、だけで誤魔化したらよかったのに。

どうしてなんだろう?

大好き\(#⌒0⌒#)/

って、そう返事が来た時、
私の心の中、
蓋をして、蓋をして、
それでも抑えきれずに垂れ流されていた様々な感情、
それらが一気に溢れ出した。

夏休み?なにバカ言ってんの?
人はそんな期限付きで恋愛なんてできないんだよ。

愛してるって何回言った?
裏切りも嘘も認められないって、
あんなに何度も何度も言ったくせに

あの人は何度嘘を付いた?
両目でさちのことを見るようにします。
そう言ったくせに、
あの人の両目はいつも夢を見ている人の目だった。

触らなければ大丈夫、水槽越しに愛で続け、
たまに水の中に入ってきては溺れた人の目をし、
挙句の果てに私を夢の登場人物と片付けた。

夢の中に住む私は傷付かない、怯えない、泣かない。

いくら好き放題にふるまっても、夢から覚めれば全ては消える。
そう思っていたでしょう?

自分の罪悪感や責任感に折り合いをつけるため、
夢や妄想だと私を片付けた。
あの人の折り合いのためには、
私に心なんてあってはいけなかった。

好きな時に弄んで、連れて歩いて、戯れて、
そんなことのために私を必要とした男たち。
何年も私を離せなかったタカキは、
私を、庇護し、愛でるだけの存在として必要だった。

誰も私の心なんていらない。

成田さんだって、みんなと同じ。

私のことなんて、誰も愛してくれない。
私のことなんて、誰も必要としてくれない。
先に続いていく未来なんて、私には何もない。

だって私の全ては夏休みが終わるまで、と決めたのだから。

これは余りだ。

私は気づく。
私が蓋をして隠していたのは、
溢れ出してきたのは無限の余り。
割り切れない割り算を、無理やりした挙句
押し込んで隠していた余り。

今、私は余りに潰される。

胸が痛かった。
心臓に異常があるんじゃないかと思うくらい。
ねじり上げるようにキリキリと痛みが増してくる。
息も苦しい。

でも涙は出なかった。
さすがに会社で・・・と、最後の自制心?

潰されないために、私が取った行動は1つ。

メールを書いた。
ミクシィメッセ。
もちろん、花魚に。
もちろん、さくらこのアカウントで。

まだ、心のどこかで期待をしていたのだと思う。

わずかでも、成田さんが秋になっても私を捨てきれない可能性。
夏休みが終わるまで、今のまま、続けていける可能性。
残りの火曜日までやり過し、あと何週間かの未来。
それをこなしていける可能性。

だから、一生懸命知恵を絞った挙句に、
あんな中途半端で姑息なメールを昨日送った。
決定打は何もない。今までと何も変わらない。

でも、やっぱり私はもう堪えられない。

私はもうなんにもいらない。
思い出も、今も、未来も
なんにもいらない。


宛 先 : 花魚
日 付 : 2007 年08 月14 日 13 時59 分
件 名 : お知らせ
度々失礼します。
日記を見て、どうも不特定多数に送ったと思われているようですが
昨日のメールはあなた個人に送っています。
あなたの彼氏は別の女性とお付き合いをしています。
今日も朝まで一緒にいました。
足あとを見れば、相手の女性が誰かすぐにわかると思います。
余計なお世話かと思いましたが
あまりに何も気がついていない様子なので。



躊躇も無く、「送信する」をクリックした。

何が起こるか?
何が始まって、何が終わるのか?

もう知らない。

私は終業時間まで、歯を食いしばるように仕事へ集中した。
定時になるとまっすぐ家に帰り、
着替えもせずにベッドに入り、ひたすらに眠った。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜



夜の11時過ぎ。

携帯の音で目が覚めた。
バイブにし忘れたんだ。
メールとは違う音に、慌てて起き上がり通話ボタンを押した。

まりこからだった。

周りを気にするかのような小声で話すまりこ。

「ねぇ、なんで?」
突然詰問された。

わけがわからず、一気に醒めていく頭を感じつつ聞き返す

「なにが?」
「見てないの?ミクシィ」
「知らない。会社帰ってからずっと寝てたから・・・」

そう、ずっと。6時過ぎから今まで、4時間以上も。

「退会してるよ」

やっぱりわけがわからなかった。
私はまだ寝惚けているんだろうか?

「誰?」
「成田君!退会してる。もういない。」

その状況を頭が認識するより早く、
枕元に置きっぱなしになっていたノートPCを引き寄せる。
PC起動し、立ち上げたIEからミクシィログイン。

「・・・ほんとだ」

マイミクが一人減っている。

慌てて、一番最近成田さんがコメントつけたと思われる日記を開き、
あの人を探しても、「炎の男」なんて字はどこにも出てこず、
見覚えのあるコメントは名前すらない。

状況はわかったものの、なにがどうなって退会って話までいくの?
あまりに早い展開に、私は戸惑う。

もちろん、私が昼間投げた爆弾が原因であることは
確かなのだろうけれど。

とりあえず、本人に聞いてみてまたかけるからと
まりこの電話を切って、成田さんへメールを送った。


Subject:
To: 成田
なんで?
ミクシィどうしたの?
意味わかんないんだけど


すぐに返事が来た。


From: 成田
Subject: お疲れ様です
ミクシィ退会します。


ようやく私は全貌を理解する。

躊躇もせずに私を切った。
あんな1通のメッセで、
なだめごまかす努力もせずに。

私はやっと自分のしたことの意味を知る。
私はやっと成田さんという人を知る。


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