「どうして両手はいつもそうなの?」
エンジンを切った車内。薄暗い中、フロントガラスに背中を向けて、
ベンチシートに横座りした私は
成田さんの両手を見下ろして言う。
ダランと、行き場が無くシートに落ちている両手。
拗ねるように、首にからませた両腕を揺する。
「手をね、上に上げたら何をするか、自分でもわからない」
本気とも、冗談ともつかない中途半端な口調で言って、
目だけで微かに笑う。
「だってぇ・・・これじゃあ寂しい」
爪の先で成田さんの唇を軽く弾いた。“痛いよ”って囁く。
川沿いの道、家のすぐ裏は素通りして、
わざわざ数百メートル先の人が通らない道に車、止めるくせに。
「わかったよ。」
絆されたような顔をして、
そのくせ躊躇の無い力で私を抱き寄せ、髪に顔を埋める。
「さちさんはいい匂いがする」
まだ中学生になったかならないかの頃、お父さんがよく言っていた。
自分の好きな香りの香水をひとつ決めて、
いつも必ずそれをつけるんだ。
五感の中で一番記憶に近いのは嗅覚だから、
お前が付き合う男はそれから先、
その匂いを嗅いだら必ずさちを思い出す。
子供になんてことを教える父親。
でもきっと真実。
もう一生成田さんは、アーデンビューティの香りで私を思い出す。
私のものに絶対にならなくても、それだけは確実。
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
こりもせずに、中学生的交換日記、質問大会は続いていた。
使い慣れた携帯に戻った私は、ご機嫌でメール大量生産。
Subject: Re:100まで続くよ
To: 成田
質問12
今一番欲しいものなんですか?
From: 成田
Subject: Re:100まで続くよ
僕は欲のない男で、あまりほしいものはありません。
Subject: Re:100まで続くよ
To: 成田
でしょー?
欲しいものなんてないんだよ。改めて考えると。
さち、欲しい物なんて役満ストラップしかないよ
今度ご飯食べに行こう
快気祝いにご馳走します
勢いで、なんとなく言ってみた。
もう会ってくれないんじゃないかって気もなんとなくはしていたし、
会ってどうするんだって気もしていた。
役満ストラップもなんとなく。
小さな麻雀牌が13牌、ビーズのように紐に通され、
端っこには1つ離れて当たり牌。
上がっている役は、国士無双だったり、四暗子だったりする。
入院する前、南砂のトピレックプラザのガチャガチャで見つけたんだ。
九連宝燈、かっこいいなって。
若干、不安に思いつつ送ったメールの返事は、想像以上の好感触。
From: 成田
Subject: Re:100まで続くよ
役満ストラップ!
楽しみが増えました。
役満ストラップを探す楽しみ、食事の楽しみ\(#⌒0⌒#)/
いつもありがとう
私が想像していた以上の溺れっぷりらしい。
いいんだけど。私はそれで望み通りなんだけど。
Subject: Re:100まで続くよ
To: 成田
役満ストラップは、3ヶ月位前に、トピレックのにガチャガチャがあったの。
家に帰ってからどうしても欲しくなって、
1週間後に行ったらもうなくなってた…
九連宝燈がいいんだよ。
それっきり、いつ行くとも約束していなかったのに、
次の日、残業で会社にいたら9時過ぎにメールが来た。
「メシでもいかがでしょうか」と。
全くこの人はいつも突然。
だからまた私はいつもの通り、大慌てで荷物をまとめ、
会社を飛び出す。
ご馳走しますって、偉そうな言いっぷりのわりに行ったのはデニーズ。
だって、時間が時間だし、それに車だし。
トピレックプラザにガチャガチャが復活しているかもしれないよ?
ということで、南砂のトピレックプラザ。
思えば、普通にどこかへ食事に行くなんて
初めて成田さんに会って、挙動不審の挙句
イタリアンのお店に行ったあの日、あの時以来まだ二度目。
おまけに、そのきっかけになったメールの内容は
「トピレックプラザのダーツ」だったしね。
シンクロニシティなんて言ったら大袈裟すぎるけど、
ちょっと意味ありげな偶然。
当然、トピレックプラザに行っても、お目当てのガチャガチャは無い。
あったら困るんだけど。それで話は終わっちゃう。
なんとなく言い出したに過ぎない、「欲しいものは役満ストラップ」
その思いつきを自分でも気に入った。
だって、もうすぐお誕生日。
成田さんに何をプレゼントして欲しいなんてねだることはできないし、
でも何も無いのも悲しすぎる。
ガチャガチャの役満ストラップなんて、私達にはうってつけ。
高価なものなんていらない。一生懸命探してきてくれたら嬉しいな。
見つけたよ、って得意気な成田さんの顔が見たいな。
だから、こんなにあっさり見つかっちゃ大問題。
もう10時を過ぎて、他にお客もまばらにしかいないデニーズで、
役満ストラップはどこにあるんだろう?なんて話しながら食事をする。
「さちさん好きでしょ、チョコレートパフェ?食べて」
成田さんがオーダーしてくれるチョコレートパフェ。
仕事のこと、友達のこと、他愛のないことを語るつかの間の時間。
こんなふうに、ありきたりの恋人同士みたいに過ごすのは
初めてかもしれない。
チョコレート、ベタベタつけた私の手を、
苦笑いして拭いてくれる成田さん。
その目は優しくて、私はわざと不器用な手つきでスプーンを使う。
大好きな人と食べるパフェってどうしてこんなに素敵なんだろう?
時間をかけて食事をして、
人通りの無い道に車を止めてしばらく戯れる。
「さちさんの匂い、大好きだよ」
私を抱きしめて、成田さんは囁く。
「2人でお誕生日会してね」
成田さんの首筋に唇を這わせながら、私も囁く。
「うん」
吐息だか、声だか、わからない。
「約束だよ」
つまらない道徳の話も出ず、共犯者のような後ろめたさもなく、
でもやっぱり句読点の無いもどかしい時間は変わらず、
それを打破する術は当然あるわけもないので
憤りに似た気持ちを抱えて“おやすみ”と別れるしかない。
家に帰ったら、12時過ぎで
タカキは完全に不機嫌だった。
「おまえ、最近おかしいよ」
パソコンに向かったまま、めずらしく相当怒った声を出した。
そりゃあ不審にも思うだろう。
四六時中、携帯にばかり気をとられて上の空、
出かけたと思えば午前様。退院してから1週間しかたっていないのに。
罪悪感は感じない。
感じる余裕はない。
全くひどい話だけれど。
「ごめん」
私は心のこもっていない謝罪の言葉を口にして、
逃げるようにバスルームへ行く。
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
携帯電話を中心に回る私の毎日。
女子高生だってこんなにひどくはないだろう。
メールが来なければ慌てて、怯えて、
来たら来たで返事の内容を必死に考える。
恋はここまで世界を変える?
判断力も、平常心も、何もかも薙ぎ倒していく。
翌日のお昼には、もう役満ストラップ見つけたよってメールが来た。
From: 成田
Subject: 見つけました
さちさんの誕生日プレゼントにします。
添付画像はもちろん九連宝燈。
でもよく見れば、ガチャガチャのじゃなくて、
ちゃんと売ってるようなパッケージの。
From: 成田
Subject: まだまだ
たくさんあります。お店の常連さんや、
後輩に片っぱしから頼んだのです。
子供のような顔して嬉しそうに写真を撮っている成田さん
目に浮かぶ。
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エンジンを切った車内。薄暗い中、フロントガラスに背中を向けて、
ベンチシートに横座りした私は
成田さんの両手を見下ろして言う。
ダランと、行き場が無くシートに落ちている両手。
拗ねるように、首にからませた両腕を揺する。
「手をね、上に上げたら何をするか、自分でもわからない」
本気とも、冗談ともつかない中途半端な口調で言って、
目だけで微かに笑う。
「だってぇ・・・これじゃあ寂しい」
爪の先で成田さんの唇を軽く弾いた。“痛いよ”って囁く。
川沿いの道、家のすぐ裏は素通りして、
わざわざ数百メートル先の人が通らない道に車、止めるくせに。
「わかったよ。」
絆されたような顔をして、
そのくせ躊躇の無い力で私を抱き寄せ、髪に顔を埋める。
「さちさんはいい匂いがする」
まだ中学生になったかならないかの頃、お父さんがよく言っていた。
自分の好きな香りの香水をひとつ決めて、
いつも必ずそれをつけるんだ。
五感の中で一番記憶に近いのは嗅覚だから、
お前が付き合う男はそれから先、
その匂いを嗅いだら必ずさちを思い出す。
子供になんてことを教える父親。
でもきっと真実。
もう一生成田さんは、アーデンビューティの香りで私を思い出す。
私のものに絶対にならなくても、それだけは確実。
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
こりもせずに、中学生的交換日記、質問大会は続いていた。
使い慣れた携帯に戻った私は、ご機嫌でメール大量生産。
Subject: Re:100まで続くよ
To: 成田
質問12
今一番欲しいものなんですか?
From: 成田
Subject: Re:100まで続くよ
僕は欲のない男で、あまりほしいものはありません。
Subject: Re:100まで続くよ
To: 成田
でしょー?
欲しいものなんてないんだよ。改めて考えると。
さち、欲しい物なんて役満ストラップしかないよ
今度ご飯食べに行こう
快気祝いにご馳走します
勢いで、なんとなく言ってみた。
もう会ってくれないんじゃないかって気もなんとなくはしていたし、
会ってどうするんだって気もしていた。
役満ストラップもなんとなく。
小さな麻雀牌が13牌、ビーズのように紐に通され、
端っこには1つ離れて当たり牌。
上がっている役は、国士無双だったり、四暗子だったりする。
入院する前、南砂のトピレックプラザのガチャガチャで見つけたんだ。
九連宝燈、かっこいいなって。
若干、不安に思いつつ送ったメールの返事は、想像以上の好感触。
From: 成田
Subject: Re:100まで続くよ
役満ストラップ!
楽しみが増えました。
役満ストラップを探す楽しみ、食事の楽しみ\(#⌒0⌒#)/
いつもありがとう
私が想像していた以上の溺れっぷりらしい。
いいんだけど。私はそれで望み通りなんだけど。
Subject: Re:100まで続くよ
To: 成田
役満ストラップは、3ヶ月位前に、トピレックのにガチャガチャがあったの。
家に帰ってからどうしても欲しくなって、
1週間後に行ったらもうなくなってた…
九連宝燈がいいんだよ。
それっきり、いつ行くとも約束していなかったのに、
次の日、残業で会社にいたら9時過ぎにメールが来た。
「メシでもいかがでしょうか」と。
全くこの人はいつも突然。
だからまた私はいつもの通り、大慌てで荷物をまとめ、
会社を飛び出す。
ご馳走しますって、偉そうな言いっぷりのわりに行ったのはデニーズ。
だって、時間が時間だし、それに車だし。
トピレックプラザにガチャガチャが復活しているかもしれないよ?
ということで、南砂のトピレックプラザ。
思えば、普通にどこかへ食事に行くなんて
初めて成田さんに会って、挙動不審の挙句
イタリアンのお店に行ったあの日、あの時以来まだ二度目。
おまけに、そのきっかけになったメールの内容は
「トピレックプラザのダーツ」だったしね。
シンクロニシティなんて言ったら大袈裟すぎるけど、
ちょっと意味ありげな偶然。
当然、トピレックプラザに行っても、お目当てのガチャガチャは無い。
あったら困るんだけど。それで話は終わっちゃう。
なんとなく言い出したに過ぎない、「欲しいものは役満ストラップ」
その思いつきを自分でも気に入った。
だって、もうすぐお誕生日。
成田さんに何をプレゼントして欲しいなんてねだることはできないし、
でも何も無いのも悲しすぎる。
ガチャガチャの役満ストラップなんて、私達にはうってつけ。
高価なものなんていらない。一生懸命探してきてくれたら嬉しいな。
見つけたよ、って得意気な成田さんの顔が見たいな。
だから、こんなにあっさり見つかっちゃ大問題。
もう10時を過ぎて、他にお客もまばらにしかいないデニーズで、
役満ストラップはどこにあるんだろう?なんて話しながら食事をする。
「さちさん好きでしょ、チョコレートパフェ?食べて」
成田さんがオーダーしてくれるチョコレートパフェ。
仕事のこと、友達のこと、他愛のないことを語るつかの間の時間。
こんなふうに、ありきたりの恋人同士みたいに過ごすのは
初めてかもしれない。
チョコレート、ベタベタつけた私の手を、
苦笑いして拭いてくれる成田さん。
その目は優しくて、私はわざと不器用な手つきでスプーンを使う。
大好きな人と食べるパフェってどうしてこんなに素敵なんだろう?
時間をかけて食事をして、
人通りの無い道に車を止めてしばらく戯れる。
「さちさんの匂い、大好きだよ」
私を抱きしめて、成田さんは囁く。
「2人でお誕生日会してね」
成田さんの首筋に唇を這わせながら、私も囁く。
「うん」
吐息だか、声だか、わからない。
「約束だよ」
つまらない道徳の話も出ず、共犯者のような後ろめたさもなく、
でもやっぱり句読点の無いもどかしい時間は変わらず、
それを打破する術は当然あるわけもないので
憤りに似た気持ちを抱えて“おやすみ”と別れるしかない。
家に帰ったら、12時過ぎで
タカキは完全に不機嫌だった。
「おまえ、最近おかしいよ」
パソコンに向かったまま、めずらしく相当怒った声を出した。
そりゃあ不審にも思うだろう。
四六時中、携帯にばかり気をとられて上の空、
出かけたと思えば午前様。退院してから1週間しかたっていないのに。
罪悪感は感じない。
感じる余裕はない。
全くひどい話だけれど。
「ごめん」
私は心のこもっていない謝罪の言葉を口にして、
逃げるようにバスルームへ行く。
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
携帯電話を中心に回る私の毎日。
女子高生だってこんなにひどくはないだろう。
メールが来なければ慌てて、怯えて、
来たら来たで返事の内容を必死に考える。
恋はここまで世界を変える?
判断力も、平常心も、何もかも薙ぎ倒していく。
翌日のお昼には、もう役満ストラップ見つけたよってメールが来た。
From: 成田
Subject: 見つけました
さちさんの誕生日プレゼントにします。
添付画像はもちろん九連宝燈。
でもよく見れば、ガチャガチャのじゃなくて、
ちゃんと売ってるようなパッケージの。
From: 成田
Subject: まだまだ
たくさんあります。お店の常連さんや、
後輩に片っぱしから頼んだのです。
子供のような顔して嬉しそうに写真を撮っている成田さん
目に浮かぶ。
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