10/5日曜日


母校のマラソン大会みたいなものの、サポートを手伝った。


意味が分からないと思うので説明する。

*マラソン大会みたいなもの

71kmもの道のりを、走ったり歩いたりする、距離の長い遠足のようなもの。

関門には制限時間が設けられていて、全部歩いたのでは〆切られてしまう。

順位の設定もあるので、一応、競走の要素もある。


*サポートの手伝い

通常、学校職員、父兄がサポートするのだが、私はそのいずれでもない。

とある、縁で、地元に残る卒業生の同期が、手伝う事になった。


生徒は朝4時にスタートする。

10月の北海道オホーツク地方は暗いし寒い。

気の毒であるが、71kmを人の足で進めと言う事は、ゴール門限の16:30に間に合うためには仕方が無い。

制限時間12.5時間=4kmで12.5時間とすると、50kmしか進まない。

やはり、走るのだ。

自分が現役の時は20km以上は走った。


私の担当は、折り返し地点の、交差点での交通誘導。

アップダウンとコーナーがあり、見通しが悪い。

しかも、車たちは80kmくらいのスピードで直進していく。

けっこう、責任ある任務だ。


馬鹿でかい交通安全旗を持ち誘導する。

怖いのは。。。。

紅葉マーク。

田舎なので、やたら多いような気がする。

ブレーキが遅い。

ウィンカーも遅い。

止まってくれそうで止まらない。

でも、妙に減速するので、待ちくたびれる。


冗談混じりの激励で、生徒を通過させていく。

既に35kmは進んでいるので、脚を引きずっている者もいる。

7割は、私の声かけに冗談で切り替えしたり、お礼を言って先を急ぐ。


自分もそうだったのかな?

25年も昔の自分の、同様の苦しい気持ちを思い出す。

他にも、若い頃の、色々な悩ましい記憶もフラッシュバックする。

希望や野心、正義感、色々なものを思い出す。


体重は5km程落ちる。

足の裏、踝の皮膚の半分は水泡状になる。

足指の間の皮膚が浮かんで繋がる。


足のマメは、歩くたびに、入浴するたびに激痛を生む。

でも、それも一週間で治るから。

早起きして行った甲斐があったと思う。

色々な事について、初心に帰った気がする。


落し物をしたという一年生が泣きついてきたので、関門まで車で送る時。

「今はキツクても、大人になった時に何かわかるよ」

「そんなもんですかねぇ」

「少なくとも話のタネにはなる」

「やっぱり、そんなもんなんですか」


そういうものなのか、その程度のものなのか、改めて問わなかった。

どういうものになるかは、自分で決める事だもんね。

経験しなかった場合と、した場合の違いは小さいかもしれない。

でも、無いってことは無いから。

彼らの糧になるとおもうよ。


今の自分にとっての、「そんなもん」は測ることが出来ない程、大きなもんだと信じて生き続けようと思う。