この世の中に、特効薬というものは存在しない。
だからこそ、悩んで、苦しんでそうやって得られたものは大きいんだ。
そして、それは、一生の宝物に変わる。
何よりも大事な、かけがえのないものに。
「惚れ薬だぁ?」
開口一番、呆れたように言ったリンの言葉に、彼を呆れさせた張本人、リゲルは苦笑してみせた。
「天才魔導師だろ~? エヴァーラスト兄弟の噂はかねがね…」
「ゴマするな! 幼馴染相手に」
きっぱり言ってやると、リゲルは、明らかに落胆した様子を見せる。
「つーか、わざわざこんなとこまで呼び出して、頼みたいことってのはそれかよ?」
「俺は真剣なんだよ!」
さっきまでの態度が嘘のように、リンの言葉に、リゲルは荒い言葉で反論する。それには、さすがにリンも驚かされた。
??あの、引っ込み思案のリゲルがねぇ。
口には出さず、真っ直ぐな目を向けてくる彼を見やる。
当たり前だが、リゲルは本気だった。ただ、内容がどうにもぶっ飛び過ぎている。
「あのな、好きな奴に、薬で自分に惚れさせて何になるんだよ?」
「じ、自分で言えないから、困ってるんだろ?」
「だからってなぁ…。薬は魔導師の範疇外だぜ?」
「そこを何とか!」
まるで、神にでも祈るかのように、てを合わせてくるリゲルに、リンは静かにため息をついた。
そもそも、幼馴染だと言うのに、双子の兄であるライトを差し置いてリンだけを家の裏手に呼び出した時点で、おかしいと気付くべきだった。
「要するに、ライトに一蹴されるのが怖いんだろ?」
「う…」
言ってやれば、図星らしく、リゲルは一歩引くという大袈裟なリアクションをとる。
別に、リゲルはライトが苦手なわけではない。それに、魔導師としての力量は、ライトの方が上。頼むなら、ライトの方が間違ってはいないだろうが。
『ぜってェやだ。魔術をこめて作る薬は面倒なんだよ』
恐らく、こう言われることは、双子の自分だけでなく、リゲルも理解していたのだろう。
「つか、お前、自分で行動しなさすぎだろ? まず、ぶつけてみる努力から始めるべきだろうが」
「それは、そうだけど…」
「うじうじ悩むな! 心配すンなよ。お前に足りないのは、自信だけなんだ。そういう人の心は、時には魔力すら敵わない」
そう言って、リンはリゲルの背中を叩いてやる。そこで、ようやく、リゲルの表情に明るさが戻った。
「そう、だな。魔術で人の心を操るなんて、おかしいよな?」
「あぁ。それに、もう結果は出てるんじゃないか?」
「え…?」
笑って言ってみせて、リンは、勝手口のドアを開ける。すると、そこには、
「ミシェル!」
「リゲル!」
お互いの名前を呼んで、呆然と立ち尽くす二人。
そんな彼らを見て、リンとライトが同時に背中を押した。
「ほら、言いたいことがあるんだろ?」
見事にハモった言葉に励まされるように、リゲルとミシェルは一歩ずつ前に踏み出す。
「あ、あの…!」
そう、口を開いたのは二人同時。
そのまま、お互いの出方を見るように黙ってしまった。
「あー、もう、鬱陶しい!!」
それも、双子が同時に叫ぶ。だが、すぐに口を開いたのはリンの方だった。
「リゲル、お前、男だろ! しっかりしろっての!」
怒鳴られ、ようやく、リゲルは居住まいを正す。それから、ゆっくりとミシェルに手を差し出した。
「あの、俺…、君のことが…、すき、だ」
「ッ…!」
何とか絞り出したリゲルの言葉を、ミシェルは聞きとったらしい。息を飲む声がして、次第に彼女の目から涙が溢れだした。
「嬉しい。私も」
「ほ、ほんと?!」
情けないくらいに高い声で聞き返すリゲルに、ミシェルは吹き出して笑う。それにつられて、リゲルも、ようやくこわばった表情を崩して、笑いだした。
だが、
「おーい、お二人さん、いちゃつくなら、人んちに居座るのやめろよなー」
またもや見事にハモった声に言われ、リゲルとミシェルは、同時に紅くなる。ようやく、リンとライトの存在に気付いた、という風に。
「ご、ごめんね、ライトくん。お邪魔しました」
「まぁ、うまくいったんなら良いさ」
「リン、いろいろありがとな」
「おぅ」
それぞれ、短い挨拶を交わして、出ていくリゲルとミシェルを見やる。暫くして、完全にドアが閉まりきると、リンは半眼でライトを見た。
「ライト、気付いてただろ?」
「何が?」
そらっとぼける兄の言葉に、リンは密かに嘆息した。
何でも屋を生業にしているリンだ。色んな情報が彼のもとに集まる。もちろん、今回の一件も。
「リゲルはともかく、ミシェル。お前の方に頼みに来てたなんてな」
「あぁ。それが、リゲルと全く同じものを使いたいって言われた時は、さっさとリンに帰って来い、って言おうとしたけどな」
「言ってただろ、思いっきり」
悠々と椅子に座ったままのライトに、思わずため息交じりで呟く。
リンが気付いたのは、ライトがリンに向けて魔術の結晶を飛ばしたからだ。もちろん、そんなこと、並大抵の魔導師が出来るはずもない。
??さすがは宮廷魔導師様。
とは言いつつ、自分も元は宮廷魔導師だったわけだが、それはこの際考えないでおく。どう考えても、ライトの方が力量は上だ。
「まぁ、どのみち、あの二人はああなってただろうよ。幸せ(サアーダ)に、魔法(セヘル)は必要ないってことだ。未来を切り開く力を、人間はちゃんと持ってるからな」
「ライト、その台詞、くさいぞ」
「やかましい」
半眼でリンにツッコまれ、反論するライトだったが、すぐにお互い吹き出して笑いだした。
「それでこそ、ライトだよ」
「それでこそ、リンだよ」
それぞれ呼んだ名前は違うが、またもやハモったことに笑って、二人は拳を突き合わせて笑った。
「何たって、俺達、最強のエヴァーラスト兄弟だもんな?」
「あぁ」
頷いてみせるライトに、リンも歯を見せて笑う。
どちらかを失うことなんて、あり得ない。だからこそ、自分達は強い。そう、信じているから。
幸せになるのに、魔術は必要ない。
誰かを想うのに、物が必要ないように。
幸せになる為の呪文は、自分で唱えるもの。
誰かを大切に想うのは、自分自身の気持ちの問題なのだから。
その想いが強ければ強いほど、それは魔力を上回る強い力となる。
だから、唱えるんだ。
サアーダ・セヘル。
これからも、ずっと一緒にいられますように、と。