宗教が存在する、ということは、崇める神が生まれた日、というものが存在すると言うことで。
「生誕祭?」
「そう、正しくは、聖なる誕生の祭り、と書いて、聖誕祭だ」
帰ってきて早々、そんなことを言いだしたライトに、リンは怪訝な顔を向ける。
「俺、ずっとエネアドに住んでたけど、そんな祭り、聞いたことないぞ?」
「それは俺だって同じだ。双子だぞ?」
「まぁ、そりゃそうだけど」
当たり前のことを言われて、リンもそれ以上のことが言えない。
幼い頃に両親を失くしてきてから、残された兄弟二人で生きてきたリンとライト。当然、生まれ故郷の首都、エネアドから出ることなど、今の一度もない。
「けど、他の街で、アトゥム神の聖誕祭が行われている、という話が出てな。今年からは、首都でも大々的に行おう、ってことになったそうだ」
「うっわ、迷惑な話だな」
お祭りごとは好きだが、それは、宮廷魔道士として城に使えるリンとライトにとっては、面倒な仕事が増えたことになる。
「しかも、言いだしたのは、あのサイスだぜ?」
「まぁ、あいつならやりかねねェな」
ライトの言葉に、リンは深々と嘆息した。
幼馴染で、現王帝陛下の実の息子、サイス王子。奴の方こそ、お祭りが好きで、同じ魔術学校に通っていた時も、その地位を憚らず、ありとあらゆるお祭りごとに手を出してきた。
「ったく、しゃあねェな」
「リン…?」
今まで、ライトの話をソファーにもたれながら聞いていたリンだったが、起き上がると、軽く伸びをした。
「サイスが発案って聞いたら、何かおもしろそうになってきた」
「現金な奴だな、お前も」
リンの言葉に、苦笑して見せるライトだが、内心、考えることは同じ。そこは、やはり双子ということか。
「よし、いっちょやってやるか!」
「おう!」
二人で、意気込んで拳を突き合わせる。それだけで、お互いがどう思っているかわかるから、不思議だ。
「よし、そうと決まったら、早速飯だ、飯!」
言って、キッチンの方に消えていくリンの後ろ姿を見送って、ライトは、一人小さくため息をついた。
「面倒なことに、ならなきゃ良いがな」
そして、聖誕祭、というものが何なのか、エネアドの市民に発表される日。リンとライトも、城の警護につきながら、その概要を知らされるのを待った。
だが、
「夜は、城の大広間でパーティーを開きたいと思う。そして、昼間だが、折角の催しものだ。前座として、そこにいるエヴァーラスト兄弟が持つ、宮廷魔道士の証、金のエンブレムを奪えたものに、我が王宮に安置されている、アトゥム神の像に礼拝する権利と、パーティーの時にエヴァーラスト兄弟を独り占めできる権利を与えよう!」
「はぁぁ!?」
突拍子もないサイスの言葉に、思わず、二人同時に叫ぶ。だが、それがまずかったようで、サイスの演説を黙って聞いていた民衆が、一斉にぐるりと二人の方を振り返った。
「リン…」
「ライト…」
「「逃げるぞ!!」」
二人、同時に叫んで走り出すや否や、民衆も一気に大移動を始める。
「頑張れよー、ライト、リン!」
「「うるせー! このバカ王子!!」」
見事にハモりながら叫んで、リンとライトは迫りくる民衆の波に振り向きもせずに、一気に広場を抜けだした。
あれから、何時間経っただろう。
外はすっかり暗くなり、あちこちでリンとライトを探していた影も今はほとんど見えなくなった。
「ったく、サイスの野郎、覚えてろよ」
上がった息を整えながら毒づくライトに、リンは声も出ないらしく、頷く。
二人が辿り着いた先は、スタート地点の王宮の広場だった。最初はバラバラに逃げていた二人だったが、結局、途中で合流し、街の中をかけずり回っていても仕方がない、と、広場に身を寄せて、ほとぼりが冷めるまで待とう、ということにしていたのだが、
「まさかこっちにまで手が回ってやがったとはな」
「あいつのやりそうなことだ」
きっと、どこかで二人の動きを監視していたに違いない。そう思えるくらい、広場に民衆が駆け付けるのは早かった。結局、城の中で追いかけっこするハメになり、それでも、宮廷魔道士として城に出入りしていた分有利だったリンとライトが、うまく逃げおおせた。
「けど、みんな、楽しそうだったな」
「あぁ」
何だかんだ言って、エネアドに、それほど大きな娯楽施設も、気晴らしになるような何かもない。首都なのに、大きなイベントがなかったのが不思議なくらいだ。それが、サイスの発案で実現した。
「やっぱ、あいつには、王帝陛下の才があるのかもな」
「それは、お褒めに預かり、どうも」
「サイス!」
唐突に表れた人物に、リンが声を上げる。だが、それよりも早く、ライトがサイスに掴みかかっていた。
「どういうことだ? 俺達で遊んで、楽しいか?」
「まぁまぁ、そんな怒るンな、って。全部余興だよ、余興」
「余興?」
まだ怒りが冷めないのか、サイスを離さないまま言うライトの言葉に頷いて、サイスはすぐ自分の後ろを指差した。
「ほら、見てみ?」
「ッ…!」
言われ、その方向を見てみれば、そこには、白く輝く魔術の光で装飾された、巨大な木があった。
「あれは、ツリーと言ってな、西の方の街じゃ、今日を聖なる夜、と言って、あれを飾るらしい。綺麗だろ?」
「あ、あぁ…」
問われ、ライトもサイスを掴んでいた手を緩めると、そのツリーとやらを見やる。
キラキラ輝くその光は、どこか儚くて美しい。
「お前たちには、こいつを置く準備の為に時間稼ぎしてもらいたかったんだ、悪かったな」
「全くだ」
地面にへたりこんだままのリンが、すぐさま返す。だが、ライトと同じように、ツリーに目を向けると、笑ってみせた。
「ほんと、綺麗だ」
「だろ?」
「あ、雪…?」
自信満々に言うサイスの言葉が言い終わるか否かのところで、空からちらちらと粉雪が降ってくる。
温暖な気候にあるエネアドで、魔術以外の雪が降るところなど、今まで見たことがない。
「大かた、頑張ってるのは、俺達以外の宮廷魔道士か?」
「あぁ」
きっぱりと言い放つと、サイスは改めて、自分が設置したツリーを見上げた。
「今日みたいな日は、聖なる夜、と言うそうだ」
「へー、サイスにしては、気のきく言い回しじゃんか」
「お前ら、素直に喜べ」
リンの毒づきに、苦笑するサイスだが、その表情は穏やかで、ライトも、すぐにツリーに目線を戻した。
「また、来年も、こうやって祝えたら良いな」
「ただし、走り回らされるのだけは勘弁だぜ?」
釘をさすライトの言葉を、サイスは聞いているのかいないのか。
だが、こうして、幼馴染として過ごせる時間は、サイスが王帝の座に就くまで、限られているのかもしれない。
――そう思うと、今、この瞬間も貴重、か。
胸中で呟いて、リンとサイスを交互に見れば、二人共、幸せそうな顔をしていて。
そんな彼らに笑顔を向けて、ライトは、再び、ツリーを見た。
永遠の時などない。
いつか人は変わりゆき、終わりを迎える。
それでも大事に思う、かけがえのないものがあるから、生きていける。
心から、そう思った。