大国、イシスの首都、エネアド
。
この世界唯一の国家にして、その中心部である首都は、しかし、夜ともなると、静かだ。
――だが、人がいないのは、かえってありがたい、か。
思わず胸中で独りごち、少年、ライト=エヴァーラストは、ゆっくりと生まれ故郷でもある街を見回した。
奇跡の復活を果たした神子、それが、今のライトのもう一つの肩書となっていた。
ただでさえ目立つ金髪に、加えて容姿端麗。そして、魔道士の憧れである宮廷魔道士のトップクラスとなると、否応なく人目を集めてしまう。
――神子、か…。
もう一度、自分の立場を再認識するように、独白する。
人は、それを、イシスの導きだと言う。神に選ばれた存在だと。
――いや、それだったら、むしろ…。
そこまで考えて、ライトの思考は中断された。どこからともなく、歌が聞こえてくる。それは、まるで、風の抜ける音のような、泣き声のような、どこか、悲しい声。
「あれは…」
思わず声に出してしまいながら、ライトは、公園のベンチに1人座る少女を見かけた。
決して、大きな声ではない。だが、良く通るその声は、随分離れた位置にいるライトにまで届いた。
「あ…」
やがて、その声がやんだ。歌い終わったのか、中断したのかも定かではない。だが、少女は、いつの間にか近くに来ていたライトの存在に気付き、声を上げる。
「ライト、様…?」
そう言った、彼女の声は、先程のものとは打って変わって、随分と明るいものになっていた。瞳を輝かせ、真っ直ぐこちらを見つめてくる。
「そうだけど、様、は、いらないな」
そう言って苦笑するライトだが、少女は相変わらずの表情で語る。
「でも、神子様ですし、それでなおかつ、今も宮廷魔導士として王帝陛下にお仕えしているのは、本当に凄いと思います!」
「あ、ありがとう…」
勢いに気圧されて、思わずお礼を口にしてしまうライト。だが、そこで、ようやく我に還ったのか、少女はいきなり顔を真っ赤にしてその場に座り込んだ。
「す、すみません、私…」
そして、そのまま黙り込んでしまった少女の表情を見るために、ライトもゆっくりと彼女の隣に座る。すると、彼女は、俯いたまま、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「あの、私、ミラージュ、って言います。私も昔、宮廷魔道士を目指して魔術学校に通っていたことがあって。その時、ライト様は既に宮廷魔道士でしたから、私達の憧れだったんです」
「私達?」
「はい、友達と、私の。でも、その彼女、レヴィーも、三日前、病気で…」
「……」
その先の言葉は、促さずとも理解できた。彼女の表情からも、その友人のことを大切に思っていたのだろう。
――さっきの曲は、彼女へのレクイエムか。
そんなことを考えながら、ライトは、言葉を選びつつ、ミラージュを見た。
「君は? こんな時間に、女の子1人、出歩くのは危ないよ?」
「あ、大丈夫です、私なら。それに、今しか、時間がないから…」
「え…?」
言葉の後半、徐々に声が小さくなっていく。思わず聞き返してしまえば、彼女は、家が厳しくて、と笑ってみせた。また、どこか悲しげな笑顔で。
だが、ライトが疑問を感じる間もなく、ミラージュはおもむろに立ち上がると、今度は、可愛らしい笑顔を見せて、姿勢をかがめ、ライトに向き直った。
「ライト様、また、こうして夜に公園にいたら、会って下さいますか?」
「そうだな、確約はできないけど、俺も、夜で歩くことが多いから」
「良かった!」
そう言って、ミラージュは本当に嬉しそうに笑ってみせる。そして、一礼をすると、笑顔で公園を去っていった。
まるで、嵐が来たかのような出会いと別れ。その唐突さに思わず笑ってしまったライトだったが、すぐに真剣な表情を取り戻した。
「今しか時間がない、か…」
どこか自嘲的に呟いて。
思わず見つめた自分の手を握りしめ、ライトも公園を後にした。