夜。
しんと静まり返った時間の中、それは、俺はベッドの上にいた。
すっかり普通の生活に馴染んだ姫が、俺の行動に気付いた素振りはない。
だが、最近の姫を見ていると、いつ気付かれてもおかしくないような気がした。
前に、読んだ本のことを思い出す。
きっと、姫は、あれを自分と重ねたに違いない。あのストーリーは、ある意味、彼女の…、いや、俺達の昔のことを思い起こさせる。
「……」
だが、姫には過去でも、俺にはまだ過去ではない。現在進行形で続いていること。
「時間、か…」
独りごち、ようやく体を起こす。
姫には言っていない方の「仕事」の時間。それは、ほぼ毎夜、続いていた。
気付かれないようにドアを開け、静かに部屋を抜け出す。それも、いつものこと。
そう、毎晩繰り返されることと、同じこと、だった。
「……」
不意に聞こえた、物音。
それは、こんな静かな夜でなければ聞き逃していたかもしれない。
だが、確かに聞こえたそれは、姫の部屋からだった。
もしかして、気付かれたのか?
だが、それはそれで、構いはしない。頭の中を「ピリオド」の四文字が通過する。
そんなことを考えながら、俺は、そっと玄関の扉をくぐり抜けた。
夜闇を歩くことには慣れている。昼とほぼ同じ明るさで見ることができるのは、培ってきた俺の特技。
だが、それは同時に、姫の特技でもある。
案の定、と言うべきか、彼女はかなり離れた距離で俺の後をついてきていた。
気が付いていない、と思っているのだろうか?
そんなことを考えながらも、真っ直ぐに歩き続ける俺。
後ろから、様子をうかがいながらついてくる姫。
彼女は、そう易々と俺を見逃したりはしないだろう。つまり、俺の出かけた理由がはっきりするか、彼女が納得するかしない限り、このイタチごっこは終わらない。
ならば、いっそ…。
足を止めて、そんなことを考える。
と同時に、姫も足を止めた。さすが、と言うべきか、つけられている余韻は残さない。
どれだけの間そうしていたか、また、歩き出せば、姫も同じように歩き出す。
どうしたい? 俺は。
そんな自問を繰り返していた時、
「ッ…!」
背後から、ドサリ、と、何かが崩れ落ちるような音がした。
姫に何かあった。
直感で、そう感じた俺は、思わず踵を返そうとする。
だが、
「このような場所に来ることは、あまり感心しませんね?」
不意に、首筋に突き付けられた銃口。思わず、舌打ちする前に、女が言葉を発した。
「一緒に来なさい。貴方が、姫、と呼ぶ、彼女の身を保障して欲しいなら」
「…断る」
きっぱりと言い放てば、後ろから聞こえるため息。
「そうですか」
ガチャリ、と、セーフティの外す音が聞こえる。脳内に響く銃声。
そこで、俺の意識は途切れた。