蝉の声が、やかましいくらいに鳴り響く。
幼い子供の手を引いて、俺は、また、今年もここにやってきた。そのたびに思い出す、あの明るい声。
『夏だし、青春に燃えない?』
今でも、簡単に思い出せるよ。あの、無茶苦茶な言葉と、明るい笑顔は。
「で、あたしがギターで、レンがボーカル!」
「おいおい、キャスティング済みかよ」
思わずツッコんでしまえば、うへら、という効果音が似合いそうな笑顔を見せる彼女。
高1の夏、唐突に、そんなことを言い出したクラスメイトを、思わず半眼で見やる。
彼女の、亜久留の行動はいつでも突飛だ。空を飛びたい、と言い出したかと思えば、高台から布を広げて飛び降りようとしてみたり、アースマラソンに出る、と言って、マラソンの練習に出かけて、迷子になった挙げ句、警察に保護されて帰ってきたり。
そして、今日。
俺をいきなり呼び止めたと思ったら、勝手にバンドを作ると言い出した。
「わかってんのか? うちの学校の学祭がいつなのか」
「うん、来月!」
「自信満々に言うな!」
思わず叫んだが、亜久留は相変わらずのうへら笑い。
「それでね、名前は亜久留バンド!」
「ちょっと待て」
言いたいことは山とあるが、まずは先に言わなければならないことがある。
本当に、俺がいなければ、危なっかしくてしょうがないじゃないか。
「いくら何でも、それは安直すぎだろ?」
「え~、だって、私の名前を後世に残したいじゃん!」
そう言った、亜久留の表情が、一瞬暗くなる。
だが、それを不審に思う前に、亜久留は明るい声を上げた。
「よし、思いついた!」
「早いな、おい」
思わず言うが、そこは無視される。それから、彼女は、びしっと指を突き立てて言ってきた。
「the last rainは?」
「え・・・?」
「ラスト、って単語にはね、続くって意味もあるんだ。だから、永遠にこの楽しい時間が続きますように、って」
「じゃあ、レインは?」
「インスピレーション!!」
「もう、好きにしてくれ」
「ぃやったー!!」
投げやりに言った俺の言葉に、亜久留は飛び上がって喜ぶ。そんなに喜ぶことか、と思いながらも、結局のところ、彼女が喜ぶのを見るのは嫌じゃない。
「じゃあ、あと他のメンバーね!」
「おぅ、さっさと決めてくれ」
もう任せた、と言いたげに手を振ってみれば、クラス名簿と格闘を始める亜久留。
そんな、いつも楽しそうで、本当に生き生きしている。それが、亜久留だった。
そうなんだ。俺は、そんな亜久留しか知らない。
結局、その年、時間がない、という理由で、バンドの夢は叶わず、2年の時は学祭自体が警報でお流れ、3年は受験だから、と、夢を叶えることは出来なかったが。
それが、6年経った今、こんな形で”the last rain"が形になろうとは。
「やっと、お前の夢を叶えられそうだ、亜久留」
お前はいないけれど。
胸中で呟いて、線香の煙の上がる墓を見つめる。
高校の夏、結成したバンドは、今、ようやく日の目を見ることになった。亜久留の代わりにギターを迎えて、結成した”AKURU”
プロを目指す、などと大それたことを思わないが、暇を見つけてはライブが出来るようになった。そこに、彼女はいないのに。
今思えば、亜久留は、こんなことになることを予兆していたのだろうか。
『私の名前を後世に残したいんだよ』
あの時、冗談のように言ったあの言葉。それが、何となく思い出された。
「the last rainか・・・」
確かに届いた、亜久留の想い。続けたいと願った、彼女の言葉。
そして、
「うんしょ」
懸命になって、子供には重いバケツを運ぶ少女。あいつそっくりの笑顔を見せるから、思わず目眩を起こしそうになる。
そんなことを言ったら、亜久留に怒られるだろうか。
「よし、行くか、玲音(レイン)」
「うん、お父さん」
頷く娘を連れて、俺は、もう一度空を見上げる。
そこで、相変わらず訳の分からないことを言って、また、彼女は笑っているような気がした。