素晴らしかったですね。
演技も全て、
素晴らしいのを含めて、
この人の礼儀正しさというか、
スケートリンクに入る前に必ず氷触り語りかける仕草、
演技前の氷上で十字を切り祈る姿、
滑り終わった後、リンクの氷に感謝する姿、
今回は始まる前にも天を見上げて語りかけてたね。演技終了後もリンクから上がるときのし、一礼と氷に触れる姿。
先ほどTVのインタビューで、コーチの居ないコロナ禍の中、ひとりで暗闇を潜り抜けた話をしていた。
才能は神から与えられたものでもあるかも知れないが、それだけでは滑れない。
これはスケートに限らず、積み重ねる長い時間の練習や努力、打ちのめされても立ち上がる力、諦めない強さ、自分であり続ける事の結晶が、今の「羽生結弦」を作っているんだろうと感じる。
占星術的な視点では、
冥王星の徹底的な力と、土星の厳しさと反復練習から成せる熟練した技と集中力、そして海王星のイマジネーションと、ただ滑るだけではない、ただ技術が凄いだけではない、彼しか出せない芸術性、陶酔させる(その世界、ゾーンに引き込んでいくチカラ、自らもゾーンに入る)全てを氷上の上の現実に体現する力を持つ人。
私たちが見ているのは、華々しい姿だけだけど、インタビューに答える言葉のひとつひとつにも、彼の持つ精神性がキラリと光る。
話し、急に変わるようだけど
(繋がってるのですが)
このコロナ禍で、いま、世界は変わろうとしてるし、実際、変化は大きく、更に変わっていくだろう。
羽生くんも先程のTVインタビューで言っていたけど、
東日本大震災を体験をした時と似ている、
と、私も感じてる。
東日本大震災は東北という日本の一部、世界規模では豆粒くらいの場所での体験だったが、
こうして仙台に住んでいて思うのは、
「震災前、震災後」
で、自分の中の時間が分断された大きな体験だった。
東日本の被災地と呼ばれる場所で体験した人の殆どは、今でもそう思ってると思う。
この体験から、
戦争を体験した人が「戦前、戦後」と、表現するのが分かった。
自分の価値観やそれまでの日常が強制的に2つに割れて新しくならざるを得ない。
今回のコロナはそれが世界中で起きてる。
「コロナ前、コロナ後」
今は最中で、この先も見えない。
分かるのは、新しく世界が来ると言う事だ。
その世界はチラっと見えたりもするが、未だ未だその場所には辿り着けない。
コロナの新しい変異種がこれからどうなっていくのかも怖しい。
ひとりひとりに起きていて、
全世界で起きていて、
人類のこの先が大きく問われている。
今は石を投げ合ってる場合じゃない。
未だ見えぬコロナ後。
今出来ることは、なんだろう。
「明けない夜は無い」と信じる。
これは大震災の時も思ったなあ。
もう、モノでは無い時代に入った。
古いモノは朽ちていく。
目に見えて触れるモノも、目に見えないモノも。
その中で大切な物は何だろう。
答えは、もう、うっすらと見えてるように感じてる。
大震災後、
自分の世界の変化を体験して、多くの人が「自分」を表現するようになってきた。
このコロナのパンデミックに人類が学ぶこと、気づくことが隠されているとしたら?。。って世界中の人の(自分を含めて)命が掛かっているので滅多な事は言えないが。
どのような自分でありたいか、なりたいか。
そのためには、どのように生きる道を選択していくか。
そのような事を思う夜更け。
2020が暮れていくね。
歩いていく今。
いつだって今。
今を生きる、大切に。
