天文歴を見ると、
義父が亡くなった日は
牡牛座天王星が私のネイタル月にタイトでスクエアだった。
それを知ったのは落ち着いてからなんだけど、
ああ、なるほど。
そういうカタチで月にスクエアかー。
予め決まっていたように刻々と事は起きていく。
毎日、日々は平坦なように感じるが
日々の中、ジワジワと気がついたら変化していく事もあり、ある日突然変わらざるを得ない時もある。
殆どの毎日は平凡だが、その中で時は流れ、時間は後戻り出来ない。
その平坦に思える一瞬一瞬が選択の連続で、その選択の結果として今がある。
いま私が住んでいる世界は、私自身が作り出した世界であり、その世界から周りとの関わりが生まれる。
ひとりひとり関わり方は違い、向かい合う相手によって立場が変わる。
その中での役目をこなしつつ、その中で自分の人生を、生き方を見つめる。
時と共に立場は変化していく。
今、自分は何処にいるのか?
昔、赤ちゃんとして生まれ、成長して子供として生き、更に成長して思春期を通り抜け、成人してから長い年月を越えて今ここにいること。
誰かに強制された訳では無い。
全て、自分が選んだ結果が此処に有るんだとわかった時、はじめて自分の人生を誰のせいにもせず、自分で責任を持つことが出来るんだと感じる。
積み上げてきた時間は、もう過去のものだから動かせないが、積み上げた時間を抱きしめる事は出来るんじゃないかな。
私は時々思う。
あの時、こうすれば良かったとか、何故あんな事してしまったのだろう、とか、振り返ってそう思う事は誰にでもあって、
強度の差は有るが、
出来事もみんな違うが、
そういう思いになる時は誰でもあって、
その時に、
自分を責めてしまわないように。
と、
いつも思うし、いつも伝える。
例え今、後悔していたとしても、
その時は一生懸命だったんじゃないか?
精一杯その時生きていたんじゃないか?
そしたら、
その時、
精一杯だった自分を責めるより、
どんなに一生懸命だったか、
それでいいじゃない。
一生懸命その時を生きた!それでいいじゃない。
完璧に生きれる人など居ない。
完全な人間は居ない。
不完全で、
経験が無いことは怖くて、
失敗もして、
泣いて、怒って、笑って、
経験値を積み上げていく。
それが人だと思うから。
何が正しくて、何が悪くて、も、本当は無いのかもしれない。(人を殺めるとか等の、人の道に反することは除く)
自分が自分を責めるほど辛いことは無いから、自分を責めることを止めよう。
そして、
過去に、一生懸命生きて、ここまで来た自分を迎え入れ、優しくしてあげることが出来れば、人生は柔らかくなるように思う。
それが赦しかもしれないと、そんな事を考える。
未だ明けぬ梅雨の夜に。
世界はこれからどんどん変わっていく。
変化は速いが直ぐには終わらない。
混乱の中、自分を見失う事なく生きていきたい。
⭐️
そろそろ復帰します。
8月からはもう少し活動的に。
(コロナ自粛しながら。笑)
また読みにきてね。


