片付けながら思うこと、浜辺の歌で思い出したこと。 | 占星術、フラワーエッセンス、他、告知専用ブログ

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内出京子のblog。
仙台発信。
2021/10月よりテーマ変更。
フラワーエッセンス療法
心理占星術、
表現アートセラピー、
演奏活動諸々、の告知専用ブログです。



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昨年からジワジワと手掛けている、義父のマンションの整理もあと少しで終わり。
殆ど無い、空き時間を使って、義父と義母の生活のものを淡々と始末する日々がようやく終わる。

今日は、殆ど何も無くなったカランとした部屋のカーテンを外して、掃除用具とバケツとタオルとストーブは未だ残して、
あとする事は、掃除機かけて台所やトイレ等の水場を洗って、
それでやっとひと段落つく。

長く掛かっている。

片付けながら、生きていくのに必要な「物」は、もしかしたらそれ程、要らないのかも知れないな。
と、思う。
思うが、
使えそうな物があったりすると捨てれない自分が顔を出す。
そこで、冷静に、よーく考える。

これは無くても困らない物か?
無いと困る物か?

大抵の答えは、無くても困らない。
間に合っているから。
「無くても困らない物」が、殆どで、
使えそうな物でも躊躇せずに捨てる事をしないと、今度は自分の住んでいる空間がパンクする。

私には夫の実家には思い入れが無い。
其処で育っていないから、
血が繋がって無いから、
そういう所は自分でも驚くほどクールに出来ている。

物は、其処に思い出や思いが乗った時、只の物では無くなるんだろうな。


コロナのニュースを見ると、明日の自分の命なんか分からないな、と、思う。
その時に、膨大な私の荷物を残しておく事は出来ないな。。と、感じてる。
生きるために使う物を選ぶ。
でも、其れだけでは味気ないから、飾りものがあったりするんだね。

3月から演奏の仕事がほぼ無いので、4月も1件のみなので、その時間を有効に使いながらの後始末。
日々の用事には埋もれているのでなかなか進まない。
人が生きていくのって、大荷物なんだな。。

シンプルは山羊座の領域。

自分は山羊みが強い。例えば顔のパーツにしても、目は見るもの、鼻は呼吸するもの、口は喋るものと食べるもの、耳は聴くもの、としての位置付けで、其処に美醜は含まれない。
あくまでも機能を重視してしまう。

其処とは全く違う水瓶と獅子と魚と射手が、それじゃつまんないよね、と、山羊に語りかけてる。
本当はどっちでも良いし、そうじゃないあらゆる道を照らし出す。
面白いなあ、と、思う。


さっき、ウォンさんが弾く浜辺の歌をYouTubeライヴで聴いてた。



ウォンさんのピアノは胸の中心の心臓の奥の空間に優しく響いてくる。
ハートから光が燃えるように漏れてくる感覚があって
イヤホンで聴いていると、美しく繊細な所までしっかり届くから(しかも時空間を共にしているから余計に)共に聴いている人とも共鳴するのかもしれないな。
涙出る。

「浜辺の歌」を聴きながら、忘れていた記憶が戻ってきた。
キラキラ光る波打ち際、小さい私。3つ年上の姉の無邪気な笑顔、若い父と母が私たちを見守りながら砂浜に居る。海は透き通っていて、砂は足に心地良くて、潮風も全部が私の中にあって、
それはとてもとても遠い時間のヒトコマで。
浜辺の歌で時空を超えていた。
心の中には(正確には海馬だが)いろんな時間が体積していて、浜辺での家族のひとときがリアルに思い出せて。

父も母も、もういない。
何処へ行ってしまったんだろう。
故郷の実家は姉が片付けてくれた。
沢山の沢山の思い出を、姉はどんな気持ちで整理していったのだろう。


コロナパニックは、私に、命について問いかける。
どうやって生きてきたの?
どうやって生きていきたいの?

残された砂時計⏳大切に使おう。

時はどんどん流れていく。

人は旅立っても、物はこの手で処分しないといつまでも存在し続け、「思い」というエネルギーを放ち続ける。

それを断ち切るのは土星の仕事。

と、思いながら夜は更けていく。


明日の朝起きたら、また鳥の声が聴こえるだろう。
そして、ゆっくり現実を思い出していく。

ああ、もう違うんだ。
今は日常じゃないんだ。

いつまで続くか分からないけど、必ずいつかは収束する。その時、変わるのだと感じる。
世界が、私が。
もう、元には戻れない。
何が大切なのか、今はそれを考える時間なのかもしれない。



おやすみなさい。




いつもありがとうございます。
内出京子🌸