「要らないものを手放して、あたらしい自分になっていく」
うん。
それは解る。
確かにそうだと思う。
けれど...
手放すって、どんな事なんだろう。
物、
思い、
気持ち、感情、
自分の中の余分なもの。
そうだね。
余分なもの。
けれど、
何が余分か、
何が要るか、
わからないときに
「わたしはこれが必要ないから手放す」
というブーム?に乗っちゃいけない。
それは本当にそうなのか?
例えば、10年前の私は、そこが解らなかった。
手放そうともがき、切り離そうとした。
切り離しながら、手放すって何だろう?
それはどういう事なんだろう?
と、考えた。
あ、
自分がしようとしてることは
切り離しだ...と気付くことは出来たものの
「手放す」とはどういう事なのか、分からなかった。
答えは
ゆっくり
ゆっくりやって来る。
自身が満ちている、
あるいは満ちてくると
過去の自分が使いものにならなくなる事がある。
その時は、
ポロリと古い自分の枝葉は落ちて、
新しい枝が伸びていく。
つまりは、
「手放す」ってそういうことなんじゃないか?
要らない自分のナニカが明確になる。
それは過去、必要だった。
必要だったけど、
あたらしい自分には、もう必要ないもの。
それは物かもしれないし、
人間関係かもしれない。
そのとき、
初めて「手放せる」のではないかしら。
切り離すのは痛みがある。
生木を裂くから血が出る。
そうじゃなくて、
不要になった枝は自然に落ちるんだ。
落ちるタイミングがある。
だから、時間をかけていこう。
人はお湯をかけて3分で変容できるものではないから。
生きているカラダ、
生きているココロ、
全てが絡み合って、時間の中に存在してる。
子供から大人の身体になるのに20年掛かるように、
ゆっくりとしたプロセスの中で生きていく。
時間をかけて老いていくカラダも愛おしい。
いつかはこのカラダも手放す時が来る。
それまでは深く満ちていくんだろう。
枝葉を落としながら、旅は続く。
新しく伸びた枝には
いつか葉が出て 花が咲く。
魂は、いつだって経験したいんだ と感じてる。
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