あるいは、持ち込まれるテーマのひとつに「恐れ」と「自己肯定、自己否定」がある。
恐れ…怖い…
自分を肯定出来ない…。
わかる…。
それは、以前の私であり
今でも完全には消えてない。
この人生、
いま、
こんだけ開き直って、
自身を全開にしていこう。
自分の個性で生ききろう!
そう思ってるけれど
生きてるんだもの。
完全には消滅しないよね~。
人が自分を見てどう思うの?
的なものは
子供の頃の親との会話や学校生活で見事に培われた
そしてそれは通り道として必要だった。
だいぶ量は減ったけど、
まだ鍋の淵にこびり付く少しのお焦げみたいに。
あるいは洗い残したカレーライスみたいに。ある。
で、
それはあってアタリマエだと思ってる。
恐れなど無い!
という人は殆ど居なくて
程度の差はあれど
みーんなこわいものがあって…。
けれど人には勇気とか希望とかいうものも内ポケットに入ってる。
経験して、
失敗して、
そして経験を積んで、
時々成功して、
それが積み重なってやっと自信になっていく。
その自信は、
内からと同時に、外からもやって来る。
何かをコツコツ積み上げていけばきっと訪れる。
人が認めてくれる事も大きな経験になるのも知ってる。
フラワーエッセンスに、
恐れを扱う、ミムラスと共に
モンキーフラワーが幾つかあるのも、
それだけ人生には恐れが付きものだからだろうし。
怖くてアタリマエ。
だって人だもん。
怖くない方が心配。
そんな風に感じてる。
だからそう説明する。
怖さを含めて
怖さを持ちながら
新しいことにチャレンジしていく。
するとそれが確信に変わり、
自分を信頼出来る時がいつか必ず来ると思う。
怖いから、
フラワーエッセンス飲んで、
ねむって、
明日起きたら
怖くなくなってましたーー!!
なんて、
それは無い。
自分が生きていること、
自分が自分で居ても良いこと、
それをゆっくり認め、
許していく作業の中で、
「恐れ」というモンスターは
少しずつ小さくなり
チカラを失っていくだろう。
完全消滅はしないだろうけれど。
そして、
それは消滅しなくて良いものだと思うし。
今まで自分と居てくれた怖さ。
それは自分を守るものでもあったはずだから。
全てを否定しないで、
どんな自分で居ても良いじゃない
と、最近思うのよね。
どんな自分でも良いことを赦し、
駄目だと思う自身を責めない。
そしてそれと共にいる。
それも「自己肯定」の1つかもなあ…。
と、思う
梅雨がスタートした日の夜に。

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