どういうことなのか?まりすけさん、勝手にリブログすみません。
雨宮さん。私とほぼ同い年です。彼女の言葉で一番共感したのがこの言葉。
「この先の景色を見たい」という気持ちが、わたしにはない。
きっと私は今が人生絶頂期。ささやかな絶頂期ですが、両親は健在。友達もいて、猫もいて。
でもやがてそれらを失う時がくる。愛猫の死、両親の死。友達は永遠の絆ではないと思っているし。家族ができればそこには踏み込めなくなる。そこまで思ってしまうと重たくなってしまうから・・。そして一人になる。そんな未来しかみえなくて、それならいっそ、まだみんながいるうちにいなくなってしまいたい。わかってます。最大限のワガママ。実際に死ぬ勇気もないくせに。
こじらせ女子。独り。その孤独は独りの人間にしかわからない。
災害なんかでよく家族の絆、絆っていうけど天涯孤独の人は何を糧にがんばればいいのか。
会社で安全週間みたいのがあって、その期間は半強制的に家族の写真やメッセージを貼り出せとかいう馬鹿なことをゆってくる上司。そんなものは個人が持っておけばいい。独り身の人間は何を守ろうとして事故を防げというのか。
もちろん今の状況は誰のせいでも何のせいでもなくて。どうしようもない事はわかってる。
雨宮さんも、「この人と一緒の時間を過ごすには、残りの人生は短すぎる」と思ったことは、一度だけある。と思えた人が近くにずっといてくれたら、こんな風に思わなかったかもしれないね。
本当の強さって何だろう。守るべきものがある方が発揮されるのか。何も守るものが無い方が捨て鉢な気持ちで強くいられるのか。
生きていくって独りでは耐えがたいもので、支えあい、寄り添いたいと思えるひとがいることが人を生きたいという気持ちにさせるものなのかもしれない、と妙齢の独女は思うのでした。
私は失うことが怖くて、人に対してもどこか壁をつくってしまう。何事も最悪の事態を受け止めるのが怖くて、最悪な状況を考えて、少しでも思ったよりマシやん、て思えるよう予防線を張ってしまうような弱い人間なんです(´・ω・`)
観点は少し違うかもしれないけど、雨宮さんの詩に共感しました。
普段は結構明るくやネガティブな事は吐かず生きているけど、このブログで本音を吐き出してちょっとスッキリしました。書いているうちにちょっと自分の中で整理できた気持ちがあってよかったです。たまには必要ですね。
でも吐き出した分、それに飲み込まれないように楽しい事を見つけていこう、そんな風に思えました。