思いをかたちにし
心を動かす
プロデューサー
泉谷麻貴(いずみたに まき)です。
私は、戦闘体制で生きていた
先日のお誕生日に、
「幸せを疑わずに受け取っていた」
そんな感覚に、私ははじめて出会いました。
前回のブログはこちらです。
幸せを、私はずっと怖がっていた
あのブログを書いたとき、
私はこれで一区切りだと思っていました。
でも実際は、
そこからの方が本番でした。
(立っているのが泉谷です。)
誕生日を境に、
静かに、でも確実に、
いろんなものがほどけていったんです。
それは大きな出来事というより、
「今まで当たり前すぎて、
見えていなかった前提」が
ひとつずつ浮かび上がってくるような感覚でした。
まず一番大きかった気づき。
私はずっと、
戦闘体制で生きていたということ。
休んでいるはずなのに、
頭は常にフル回転。
次にやるべきこと、
抜けていること、
備えておくべき未来。
眠れない夜も多かったし、
呼吸が浅いのが普通でした。
安心するためには、
頑張り続けるしかない。
そう、どこかで信じていました。
その奥にあった価値観は、
とてもシンプルで、
とても厳しいものでした。
「頑張っていない私は、価値がない」
だから私は、
人からどう見られるかを気にする。
バカにされたくないプライドが強い。
でも前に出るのは怖い。
だから遠慮する。
プライドと遠慮の塊。
今振り返ると、
「小さいな」と思う自分もいます。
でも同時に、
そのプライドがあったから
踏ん張れた人生だったのも、確かなんです。
「私はこの程度じゃない」
この思いが、
私をここまで連れてきてくれた。
「頑張ってるね!」と言われるたびに、
「いえいえ、まだまだです!」
そう返していたのも、
謙遜というより、
証明し続ける癖だったのだと思います。

(泉谷です)
でもその価値観は、
同時に私を
欠乏マインドに閉じ込めていました。
*存在しているだけでは足りない。
*何かを成し続けないといけない。
*お金も幸せも、使えば減る。
*だから受け取りすぎてはいけない。
*人生は競争。
幸せなときほど、
無意識にブレーキをかける。
「もうこれ以上いいです」
そう言いながら、
本当は欲しいのに、
受け取らない選択をしてきました。
この前提に、
最初にヒビが入ったのが
昨年3月に訪れたケニアでした。

ケニアで私が感じたのは、
驚くほどシンプルな感覚。
「頑張らなくてもいい」
「世界は、思っていたよりずっと優しい」
「そのままの私でも、ここにいていい」
当時はまだ、
自分が欠乏ベースにいることには
はっきり気づいていませんでした。
でも今思えば、
ケニアは
「存在しているだけでいい」
という前提に、
人生で初めて触れた場所だったのだと思います
(ケニアにて)
そして今年の誕生日。
大親友から
「一緒に誕生日を過ごそう」と言われたとき、
私の中に湧いたのは、
純粋な喜びではありませんでした。
「私なんかのために」
「申し訳ない」
「居心地が悪い」
その感覚に、
はっとしました。
あ、私、受け取ることを拒否してる。
ここで私は、
行動を変えてみました。
居心地の悪さを感じたまま、
その好意を受け取ったんです。
すると、
ずっと心の奥にあった
「大好きな人に囲まれて誕生日を過ごしたい」
という夢が、
現実になりました。
その時間は、
疑いようもなく、
ただ、幸せでした。
そのとき私は、
頭ではなく、
身体で理解しました。
幸せは、消費されない。
受け取っても、減らない。
むしろ、更新されていく。
そして後日、
気づいたらお腹がすっと軽くなり、
いつものパンツが緩くなっていました。
(詳しい方に聞いたら、
私が手放した価値観は
「お腹に溜まりやすいもの」だそうで、
こういう変化は起きることがあると。
ちなみに、便秘などではありません。)
そしてもうひとつ。
これはとても個人的な出来事ですが、
私にとって大きな転換点でした。
ある夜、はじめて夫に、
ずっと胸の奥にしまっていたことを話しました。
「頑張っていないと自分には
価値がないと思っていたこと。」
「結婚当初、感謝しながらも、
勝手に比べて卑屈になっていたこと。」
「幸せを受け取るのが怖かったこと。」
淡々と、事実として話しました。
認めてほしいわけでも、
慰めてほしいわけでもなく。
そのとき夫が言った
「大丈夫だよ。家族がいるよ」
という言葉が、
不思議なほど静かに、深く染み込みました。
(こうして書いていても、また涙がでてくるほどに)

(夫と)
その瞬間、
どこかでずっと続けていた
「もう証明しなくていい」
という感覚が、
初めて腑に落ちた気がしました。
私はこうして、
長い間握りしめていた
欠乏マインドに気づきました。
そして今は、
今までの私に感謝しながら、
豊かさマインドで生きていこうとしています。
豊かさマインドとは、
何かを手に入れることではなく、
*この世界は、基本的に満たされている。
*私は、受け取っていい。
*幸せは、今ここにある。
*安心して、味わっていい。
*競争ではなく、協力。
そんな前提で、
自分の人生に素直でいること。
欠乏から、豊かさへ。
この変化は派手ではないけれど、
確実に、私の人生の質を変えていると感じています。
もし、
「私もずっと戦闘体制だったかも」
そう感じる方がいたら、
この文章が
ほんの小さなきっかけになれたら嬉しいです。
これはきっと、
ここで終わらないシリーズになります。
この1ヶ月で起きた気づきは、
まだ全部、言葉になっていません。
私自身も、
変化の途中にいるから。
また、書きますね。

(泉谷です)
= = = = = =
プロデューサー
泉谷麻貴
国内外でのリトリートやパーティー、
思いをかたちにし、
人生の記憶に残る体験の
プロデュースをしています。
詳細は公式LINEよりお問い合わせください。
↑クリック↑
= = = = = =