「美容室社長列伝」取材記事
≪お客様になりきり入りこむように施術する≫
リポーター(以下リ):美容師になったのはどのようなことがきっかけですか?
中橋社長(以下中):美容師になったのは子供の頃、テレビで日本人がフランス人女性の髪をカットしているのを見て憧れ、『カッコいいなぁ。でも自分でも出来るかもしれないな。』と思ったのがきっかけです。それにうちは貧乏だったから、小さい頃から母親にカットしてもらってたんだよね。
リ:お母様も美容師をされていたんでしょうか?
中:いいえ、うちのお袋はかりあげしかできないし、床屋さんでもなんでもないんだけどさ。その時「はさみの動かし方は人が歩くスピードや感覚ですると心地いいんだよ」ってお袋が言ってたんだけど、サクサクやられると心地よかったんだよね。おそらく潜在意識の中にその言葉が残っていて、だからテレビを見たときに、これだったら自分の力でできる!と思えたんだと思います。
上京してはじめて勤めたのは、池袋の床屋さんだったけど、でも、本当によく怒られて先輩と喧嘩したりしてたよ。だからまぁ、最初の店は即刻首です。
リ:その後の状況を教えてください。
中:その後は、知人の紹介で足立区に住んだり、あちこち転々としながら、色々な店舗を渡り歩いていたんですね。だけど、このままいい加減に仕事をやっている場合じゃない!と、子供の頃の、あの映像をちょうど思い返している時に、先輩からドイツ行きの話を頂いて、これはチャンス!とばかりに試験を受けたんです。でも実際行ってみたら、今まで色んな人が試験に来たけど貴方が一番最低だと言われてしまいました。それでも、なぜか受かっちゃったんですよね。
リ:海外ではどんな勉強をされたのですか?
中:それで26歳の時に3年間、そこで商社マンや主に日本人のお客様に対しての施術を学びました。場所は、ドイツのデュッセルドルフという所で、大体そこに日本の企業が入っているというくらいヨーロッパの中心的な存在なんですよ。
リ:お店・お客様からの評価はどうでしたか?
中:評価はNo1でした。お客様の頭をカットする時とか、お客様になりきり入りこむように施術していました。要はたとえば車の運転に近い感覚で、腰の曲がったおばあちゃんとすれ違った瞬間にその人と俺が入れ替わるんだよね。入れ替わった時にその人の生きてきた感覚とか、その人になりきることによって価値観だとかそれを感じるような気がするんだよね。
リ:そういった意識を持った事が評価につながったのですね。
中:たとえばお客さんとかカットするときに、今触っている頭は自分の頭なわけ、だからどこをどうしたいかっていうのがわかるんですよ。その人の意識上ではわかんないですよ、一応自分は何万回も頭触っているわけだから、その人がわからない認識の領域で感じるっていうか、要は自分の頭なわけですよ、それを感じ取るだけ。それに対して多少の技術を加えることによって、「なんか魔法の手ですね」とか言われたりするんですよ。
自分には能力がないので相手に教えてもらいたいって姿勢が無意識の中にあるよね。
リ:その後日本に帰ってきてからどうでしたか?
中:その後は、水戸で美容業界で有名な人の店舗で働き始めましたが、上司と喧嘩し1カ月でクビになりましたね。それから今度は東京の昔住んでいた所に戻ってきました。
リ:実際にお店を始めてから、悩みなどはありましたか?エピソード等ありましたらお聞かせ下さい。
中:自分で店を始めた時は、とにかく忙しかったんですよ。募集してもなかなか思うようにスタッフが集まらなくて・・・最初はそういうスタートでした。
うちは「お客様従業員家族が豊かになる、幸せになる事を使命とします」と言うのが目的なんですよ。これを作ったきっかけとなる出来事は、最初1号店の時の話ですが、自分はすごい短気なところがあるのでイライラいつも眉間にしわを寄せながら仕事をしていたんですね。ある時知り合いの、おばあちゃんの髪をカットしてパーマをしたんですけど、3日後にそのおばあちゃんが来て、クレームかな?って思ったんですけど、違ってて焼きそば買ってきてくれて、「お腹すいてるでしょ食べなさい」って帰って行ったんですよ。
その後3日おきくらいにそのおばあちゃんが、タイ焼きとかを差し入れしてくれたり、慣れてくると、店のバックルームまで行って洗濯してくれてたりとか、そういうのが続いてたんですけど、ある時自分の虫の居所が悪い時に「別にこんな事やったって給料でないよおばあちゃん」って言ったんですよ。そしたらおばあちゃんはニッコリほほ笑んで「何言ってんだよ、アンタの笑顔を見に来てるんだよ。アンタのたまーにする笑顔は最高なんだよ」って言ってったんですよ。
リ:そういった出会いがあったんですね。
中:でも、その1週間後に娘さんから電話がかかってきて、おばあちゃん亡くなったと連絡がありました。その時に思ったんです。いままではいつもスタッフに険しい顔ばかりしてて、自分の事しか考えてないなって、あんな事言ってごめんねって思いましたよ。やっぱり最高の笑顔が大事なんですよね。
それと最上の技術と書いてあるのは、最上って言うのは最高じゃなくていいんだと、おばあちゃんが来たらおばあちゃんが喜んで「ありがとう」といってくれるヘアースタイルを作りなさいと、マニアックなのじゃなくてお客様が喜ぶようなのを作ろうと。
≪どんな逆境に立っても、前向きに解決できる能力を身につける≫
リ:お客様にとって、どんなお店でありたいと思いますか?
中:夢と感動の物語を提供していくということだと思います。一人のお客様が学生から大人に成長していく、そういう過程の中で、物語を共に作っていくんだって言うのを本気で実践しよと思ったんです。お客さんの数っていうのはありがとうの数だと思うんだよね。そういうのをする事によって、ありがとうが沢山増えるような環境を作っていけば従業員の心も豊かになるし、当然お客さまもお金を持ってきてくれるので、物資両面豊かになるし、そこで働いてたら従業員の家族も物資両面豊かになるでしょっていうのを、20個程あるんですがそれを使命にしています。
リ:思う通り環境を作っていくことは出来ましたか?
中:ちょっと難しいですよ、夢と目標の違いの概念がまず入ってるんですよね。
夢っていうのは何の為に誰の為にやるんだっていうんだっていう、例えば自分の事しか考えないで頑張ってる人っていつでも逃げれるんだけど、家族の為とか愛する誰かの為と考えると、特攻隊じゃないけど死も怖くないっていうほど人の為にやるのが強い。
目標っていうのはそれに数字をつけたものなので、じゃあいつまでにどうするの?っていう例えば会社だったら今月はお客さん100人まわりますと、いつまでに・どのようになど進捗状況があるわけですよ、週ごとにちゃんと目標を立てて、徹底してやり続けましょうと、それでよい成果を作るとか。
リ:難しい概念の中で、具体的に心がけている点などありますでしょうか?
中:お客さん、一緒に働く人を尊敬しよう品位を持って接していこうとか。
数字に関してとか、段々具体的になって計画を立ててプロセスを明確にしようとか。
OJTで部下の技術とか考え方や価値観を仕事を通じて教えようとか・・・。
チームワークと段取り良く回す・会話・態度・技術・時間の引き継ぎ、よく我々はヘルプに仕事を頼むんですけど、スタイリストの技術・会話・態度をそのまま同じことしなさいっていう。そこから学ぶことで、施術の途中でスタイリストからアシスタントに変わった時にも、自然な取り回しが出来るように心がけています。
リ:個人でお店を立ち上げてから、会社にしようと思った理由は?
中:立ち上げのきっかけは、30越えたら店持つしかないでしょっていうのが本音だけど。
家業じゃなくて企業にしたいなって、家業っていうのはあくまでそこの社長の息子が次期社長でみんな親戚が固めて、それでは一生懸命努力してきた社員に対してそれでいいのかっていうのが想いが昔からあったんですよ、それで会社にしたんですよ。
リ:会社にしてからと、始めにお店をもたれた時とどちらが大変でしたか?
中:大変さが違うと思うのですが、お店の時は自分の事が大変だったかな。
会社の方は社員をどう成長させていくのかというのが、大変ですね。
リ:先ほどの話を聞いてると初めて持たれたお店では色々苦労されたと思うんですが、そこが儲かるようになったから2店舗目も出されたんですか?
中:いいえ。確かに儲かったから店出すんですけど、それではうまくいかないんですよ。やっぱり人が育ってからじゃないと店づくりも難しいんです。だからよく言うんだけど、金があるから出店するのは失敗する傾向が高いよと、やっぱり人が財産だから。
社員がぎゅうぎゅう詰めになっちゃって、もうお客さんもスタッフもこんなに多いんじゃという状況になって、そして人が育って初めて、2号店出したんだよね。
リ:どうやって人が育ったり、お客様から支持を得られたんですか?
中:キャラクター、オーバーリアクションかな(笑)
自分の成長のため、仲間の成長のため、家族の幸せのため、人に伝える意識で。
いくら知識であっても実際できなきゃね。アウトプットが大事だよ。起きて一個だけオーバーリアクション「頷く笑う感謝する」ただこれだけです。
リ:それをスタッフさんに徹底されたんですね。
中:はっきりいってまだまだですね、日々勉強中ですね。
ただ最近成功っていう言葉の概念はなんだというのをほとんどの人が勘違いしてるんだよね。車もったとか家もったとか年収いくらとか、サクセスという成功の概念にあてはめればこれも成功なんだけど、本当は違うんだよ。
どんな逆境に立っても、前向きに解決できる姿勢を持つ能力を身につける、それが本当の成功という概念なんだと思うんだよね。
リ:スタッフの方もそういう意識があったからこそ支持を得られたですね。
中:成功という概念が間違った方向でマインドコントロール的に安易に使われているから、ハングリー精神な奴らにはそれを言ってもピンとこないんだ。
ただ、自分が絶えず成長し続ける思いを持ち、その思いがあればどんな問題があっても、前向きに乗り越える・メンタル力・能力・気持ち・行動力が身についてくる。それが成功なんですよ。
リ:中橋社長様はそういった能力は?
中:ないです。ないので勉強中、死ぬまで勉強中ですから。
何かをやりとげる途中で死ぬっていうのが最高なんだね。
やりとげただと何もなくなっちゃうから。
≪ベトナムに美容学校をつくりたい≫
リ:美容室の特徴・大切にしている事はありますか?
中:社員全員セラピストの能力をつけさせたいんですよ。
セラピストが身につけなければならないような能力の知識は社員に今伝えてるよね、
勉強会ってのを作って。
リ:セラピストというのはお客様の心を気遣うためのものですか?
中:そうそう。気遣う為とか貴方とお話ししてると元気になるっていうかな。お客様を笑顔で帰させるような美容室にしたいです。
リ:お客様からどんな美容室だと思われていると思いますか?
中:下町の人間味のある美容室だよね。
じいちゃんでもばあちゃんでもどんな人が来ても、貴方にやってもらうと元気になれるっていうのが一番かな。不器用な人間達の集まりだから、社長が一番不器用でぶっきらぼうで一番腹黒いからね(笑)。
リ:今後、会社・美容室をどうしていきたいですか?
中:もっと暖簾分けができるようにフランチャイズにしたいですね。「親からお金をもらえないとか、借金をかかえたくないとか」社員のリスクを考えた時に、綺麗ごとかもしれないけど、そういう人の手助けが出来るようにしていきたいです。
リ:現在のフランチャイズの状況はどうですか?
中:今4店舗で後は全部直営ですね。
もっとフランチャイズは増やしたいですね、この人にやってもらいたいなって思ったら
やってもらおうってそんな感じですね。
リ:こういう美容室にしたいって思うというのはありますか?
中:やっぱり笑顔しかないですね。
元気になってありがとうって、沢山言われるお店が一番ですね。
カットしてると小顔になって「痩せた?」って言われるようになったんです、とか。
後は13日からベトナムに行くんだけど、とりあえずベトナムに美容学校作りたいなって思っているんですよ。
リ:社会貢献のためですか?
中:社会貢献ってほどでもないですよ。
まぁただ出したいだけなんだけど、綺麗に言ったらあれだね、ベトナムを活性かさせるためと、女性を綺麗にするためですね。人類の有志始まって以来、素敵な女性の為に男は仕事を頑張り、女性に認められるために男は一生懸命がんばると。そして女は一生懸命やる男・一生懸命獲物を捕ってくる家族を豊かにできる男に女は惚れると、これは人類の有志始まってから脈々と続いている本能だと、日本は戦争にアメリカに負けたと、資源もなにもないと、その中で経済大国になったっていうのはいろんな要因はあるけど、もっと根本的な意味で人間の本能だと。たとえば世界各国のGDPを考えても、女性が美に対する投資と経済の豊かさっていうのが比例している、だから俺はベトナムにそういう文化を作りに来たっていうのを偉そうに言っちゃったんだよね。ベトナムの大学で。
リ:美容師は日本から連れて行かれるんですか?
中:それを去年の5月に話して、ベトナムの女性の美容師さんが2人きまったらくして。
今度2週間しかないですけど、その女の子たちに本当にやる気があるのかと、めっちゃ厳しいけど来るなら来いって、とりあえず顔合わせしとこうと思ってるんですよ。
リ:素晴らしい試みですね。
本日はありがとうございました。
プロフィール
有限会社アトリエマイ 代表取締役 中橋康長
(財)生涯学習開発財団認定アートワークセラピスト
BWJ公認マインドマップインストラクター
米国NLP協会認定マスタープラテクショナー
パリにサロンを持って活躍している日本の美容師に感動して、この道を志す。美容学校卒業後、都内各店を経て、ドイツ デュッセルドルフ クロイツ通りの「サロンMAI(Yaeco Nagasawa)」でトップスタイリストとして働く(現在姉妹店)。その間、ロンドンにも渡り、トニー&ガイでもライセンスを取得。年齢・国籍・性別・ライフスタイルなどにこだわらない「すべてのお客様に夢と感動を与える」ことをサロンのモットーに、現在都内10店舗を展開。撮影・ショー・講習はもちろん経営者として21世紀の新しいサロン経営に取り組んでいる。ドイツの芸術的雰囲気に魅了し、ドイツはもちろんロンドン、ニューヨークなど毎年の海外渡航で感性のトレーニングに励んでいる。


