












陶板画 夢の旅シリーズ 作品1 { 夢 }
主役は眠っている少女ではありません
少女が見ている夢です。
これから体験するたくさんの喜びや悲しみを知らず
暖炉のそばで寝息をたてています。
誰もが夢見る希望や憧れ・・
もし心の中に眠っている夢があるのなら
そっとその夢に灯りを灯してみてください。
叶った夢、叶わぬ夢 夢を抱くきらきらした気持ち・・・
夢の中に大切にしていたものはなんでしょう。
そう、本当に大切なものは目には見えないところにあるようです。
ひとりひとりの心の中に眠っている夢
そんな 夢の旅 へ出かけましょう!
※Porcelain Art (陶磁器上絵付け)
メディウムで溶いた専用の絵の具で、白磁器や陶板に絵を描き、800度前後で焼成し色を焼き付け作品に仕上げてゆきます。 薄く色を重ねては焼成するという作業を繰り返す事で、色彩に深みや奥行きを表現してゆきます。
この陶板画二枚組作品{ 夢 }は、10回ほどの焼成を繰り返し、仕上げています。
夢の旅シリーズ作品続編は、Atelier la Primaveraのホームページ
http://www.atelier-la-primavera.com マイ・ギャラリーをどうぞご覧下さい。
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絵付け時々ピアノ~
PIANO FRAGRANCE Rieko-style
映画(1999年)「鉄道員ぽっぽや」のテーマソング
作曲:坂本龍一 アレンジ:河合りえ子
↑クリックしてご視聴ください♪
【靖国神社の桜をテーマに歌詠みに挑戦する 】の巻
今年は初めて桜の咲く季節に靖国神社を参拝する機会に恵まれました。
そこで靖国神社の桜をテーマに拙作ですが歌を詠んでみました♪
実は、今年の年頭に{和歌の創作講座}に参加してから
何かと、歌を詠みたくなっておるんですぅ
最近、物忘れが気になる私…
究極の脳トレかも~
《靖国の桜》連作
境内にある桜の標本木を見上げて
固唾のみ 見上げる顔に 幸溢れ
無垢になりけり 小枝の先に
「靖国で会おう」そう言って
故郷の家族女性や子供たちを護る為、国の未来に託し征かれた英霊を讃えたい想い
護り抜く 大和の誇り 成し遂げし
咲き勇む時 散りゆく時も
遠い南の島々や海に眠る英霊への祈り
(散りゆく花びらひとひらひとひらに感謝を乗せて届けたい想い)
散りゆかば 溢るゝ感謝 届けたし
南の島々 海の底まで
戦後80年の節目を迎え
今日から両陛下の「慰霊の旅」が始まりました。
感謝彌榮
↑ クリックすると視聴いただけます
生誕100周年(令和7年)
✨三島由紀夫✨に寄せて
~永遠の回想~Passacaglia パッサカリア/ヘンデル
生命より魂を尊重した三島由紀夫は生きている
【 100歳のお誕生日おめでとうございます 】の巻
『三島由紀夫生誕100周年記念講演会』に寄せて
裕福で非の打ち所のないエリートの一族に生まれ、小中高と学習院(主席で卒業)、東大法学部、大蔵省入省と順風満帆であるように思われますが、虚弱体質というコンプレックスを持たれていたそうです。大東亜戦争開戦で20歳の時にいよいよ召集。ですが健康面で兵役不合格となり出征できず・・・そのまま終戦を迎えられました。尊敬していた蓮田善明氏は戦地で終戦を迎えられましたが天皇を愚弄した連隊長を射殺し自身も自決、同胞達は戦地で全員散華、そして終戦後に大きく変わっていく価値観の狭間・・・どれほどの心の格闘があったことでしょう。私如きが安易に憶測するのはおこがましい事ではありますが、その時の死生観が後々まで影響したのではと思わずにはいられません。
大蔵省は9ヶ月で退官した後、世界一周旅行。
小説家として専念し才能を発揮。劇作家、随筆家、評論家、政治活動家
またボディビルで肉体改造し武道で鍛えコンプレックスを克服。結婚し二児の父親に。
素晴らしい小説家のその聡明で柔らかな面差し、一方で極端な国粋主義、軍国主義、右翼という印象を植え付けるような演説最後の映像や写真でも実は私、決して嫌いではありませんでした。直視するとグッと掴まれ引き込まれそうな凄みと魅力、精神が潔癖なまっすぐな人なんだろうなぁと。
でもそこに近づいてはいけない何かがあるような気がしていました。
それがなぜなのか、誰にも聞けないと思いました。
聞いても理解できるものではないと思ったのです。
でもいつか大人になったら自分で知ろうとする時が来るのではないかと、
そんな予感をしていたのかもしれません。
そして(とっくに大人になった私ですが 笑)
生誕100周年という節目のこの講演会に辿り着いた不思議を感じます。
それは私にとってようやく覗きたかった重く大きな扉が開いたような感動と安堵。
機が熟し三島由紀夫氏の決起を自分の頭で考えてみたいという欲求と、
そうしてもいいよというお許しが何処からか降りてきたような気がするのです。
(そして世界はパワーバランスのうねりカオスの中、日本という小舟が沈みゆく危機にある。
真に(心の)決起が必要とする時という思いに重なります)
ここ数年、
私は日本の現状を学び様々な方々の講演会やお話しを伺う機会をいただく過程で、
いつかこの三島森田事件の本質は避けて通れない、
真摯に咀嚼出来なければ、
私自身、
向いていたい方向が自分の軸が定まらないのではと感じていました。
(何だかエラそうな事を申しておりますが 笑)
この講演会で、
私にとってのその重く大きな扉を開けて下さった
佐藤和夫先生と三浦小太郎先生に
心からの尊敬と感謝の気持ちを申し上げたいと思います。
感謝彌榮
(三島由紀夫「激」より心を揺さぶる一文)
日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ
生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか
生命以上の価値なくして何の軍隊だ
今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を
諸君の目にみせてやる。
それは自由でも民主主義でもない。日本だ。
われわれの愛する歴史と伝統の國、日本だ。
【 日本の人は是非一度行かれるとよいですよ!】の巻
「産業遺産情報センター」の開館時(2020年3月)
ご見学されたケント・ギルバートさんのその一言がずっと私の心にありました。
また加藤康子センター長の軍艦島の歴史調査等の解説を以前の虎ノ門ニュースで度々伺っていたので、
行きたい行かなくちゃとずっと思っていたけれど、
折しもコロナ騒ぎが起こりあえなく先延ばしてきてしまっておりましたが、
思いがけずK会長様からお誘い頂き、突如願いが叶ってしまうことに!
センター内はリキッドギャラクシー、シアター映像や大型パノラマパネル、デジタル文書が閲覧でき、
凜とした最先端の設備です。
前半はセンターガイドさん、途中からセンター長の加藤康子さんがご案内下さいましたが、
その熱く語る言葉の節々、その伝えたい想いにシビれまくり~
センターを後にする頃にはこの上ない感動に包まれておりました。
日本が開国した動乱の明治、近代化の為には産業、
まずはその糧である鉄 銅 石炭産出の為に果敢に挑み、
どの国も短期間ではなし得なかった近代化を僅か40年余りでなし得た先人への尊敬と感謝
同時になぜ今までこんな凄いミラクルを起こした偉人方々の素晴らしい歴史を
私は学んで来なかったのかしらと、ちょっと凹む。
時は、外国への自由な渡航は御法度だった時代。
英国へ渡った長州ファイブは密航になるので
日本の教科書には載らないそうです。💧
この方々が命懸けた偉業なくして日本の近代化は
ずっと遅れていたと察すると余りありますね。
加藤康子さん曰く、偉い人は教科書には載らないのですと苦笑された。
山尾庸三という名前を是非覚えて帰って下さいね♡
キラキラした瞳で微笑む加藤康子さんのひと言が心に響きます。
日本の誇りを胸に
因みにケント・ギルバートさんは、
米国から親戚や友人達が来るとまず靖国神社の「遊就館」へご案内されるそうです。
「靖国神社&遊就館」
そしてこの「産業遺産情報センター」
そこにあるのは、先人への感謝と誇り
日本人は一度は行かなきゃだわ!
そうガッテンしながら帰途につきました。
お世話になりましたK会長様&ご一緒下さった皆様、
そしてセンター設立にご尽力された加藤康子様方々に改めて心から感謝申し上げます。
どうもありがとうございました。
「産業遺産情報センター」感謝弥栄
さてさて「軍艦島」
日本人も朝鮮人も苦楽を共に一生懸命仕事をしました。
病院も学校もあり、そこは一島一家の生活があったそうです。
センターには朝鮮学校の子供達が見学に来られるそうですが日本の学校は…。
私はぜひ学校の社会科見学で多くの子供達が見学されたらいいのにと心から思いました。
元島民の方の楽しく和やかなご説明もグッと伝わるものがありました。
軍艦のような形から軍艦島と呼ばれた「端島」の詳細な模型を眺めながら私はムラムラ
いつかぜったい私も行ってみたくなっています
まだまだ知らないコトだらけ
行きたいトコだらけっ
初めて降りた大江戸線「若松河田駅」
センターまで歩く途中、道を間違え遠回りしたおかげで
住宅地で見つけた小さなカボチャ畑
カボチャ&カボチャのお花
余談
私がライフワークとしている焼きものの絵付け🖌の世界も同じふと思いました。
時は明治の匠! 究極の憧れの絵付師は明治だった。
欧米のトップペインターに憧れて海外ばかりに目を向け様々なセミナーを受け学んだ日々。
それはそれは学び多く貴重でしたが、
ある時なぜ我が國の尊いものが今まで見えなかったのかしらと・・・気付いたのでした。
最終的に辿り着いたのは明治の名もなき絵付師の描く焼きものの崇高な世界だったのです。
目が覚めたようにその技法を夢中になって🖌追い求めているのが今の私。
特に幻と呼ばれる ≪京薩摩≫ 精緻で雅✨や 釉下彩の極み ≪西浦焼≫✨
その技術は現代においても模倣できない神業の如く。
当時、国の政策で外貨獲得の為に美しく崇高な陶磁器の他にも
七宝、蒔絵、様々な明治の美術品が堂々と海を渡っていった…。
明治の時代の匠って凄い
こんな単純なひと言に置き換えたくないのですが・・・
熱く語っては長くなりますのでこの辺で 笑
◆本日は二部構成◆
第一部『日本語における主語』というテーマで展転社の荒岩宏奨社長が講師。
思考と言語には相関関係があることを示すスライド2枚紹介された。
①どっちを優先?
⇒形なのか?素材感?
西洋人は形を重視
東洋人は素材感を重視
②進行方向は前?手前?
西洋人は前だとみなし、東洋人は手前だとみなす傾向
自分中心の西洋人
vs相手中心の東洋人
対象に対する見方がまったく逆なのだ!
『英語は主語がないと成立しない言語である』ことを川端康成の雪国の冒頭部を比較で証明された。
原文にまったく出てこない
The trainが出現するのだ。
『日本語には主語がない』と提唱した三上章。
英語の文型は①SV②SVC
③SVO④SVOO ⑤SVOCの5つのタイプがあるが、
日本語には3種類しかないというのだ。
①名詞文〜好きだ、赤ん坊だ ②形容詞文〜楽しい
③動詞文〜笑った、泣いた
三上章の主張
英語は主語と述語の二本立てだが、三上章は日本語には主語は省略されたのではなく、そもそもないのだ!と主張している。
更にセンテンスの要件は、有題無題に関わらず共通する述語なのだと主張。
絵本『象は鼻が長い』の解釈のちがいが三人三様で実に面白い(写真参照)
①大槻文法
②橋本文法
③三上文法
竹内好(ヨシム)の『日本とアジア』の紹介あり。
我々は何故古典が読めなくなってしまったのか?
それは主語がないからだ。
現代人が古典を読む際に主語がないことを意識して読めば、理解しやすくなる。
というアドバイスをいただいた。
広島の原爆記念碑の主語論争について、昭和30年代から撤去運動までを紹介された。そもそも内容が間違っているのだ。
最後にby トルーマンと書き足してもダメ!いっそのことレフティが爆破してくれればラッキーなのに…
チェ・ゲバラが来日した際に広島まで足を伸ばして、この碑文を見て、なんだこれは?と驚愕したのは有名な話だ。原爆を落とした人物も命令した人物も特定できるのに、何故そちらに向かわないのか?日本人は世界の人々の常識を遥かに超えている。⇒ある意味不気味な民族と見られているのだ。
佐藤和夫さんが中東勤務した際も、日本人はいつ仕返しをするのか?と尋ねられ唖然とされたそうだ。
第二部は『高校生の為の五十音図といろは歌』について、高校の國語教師、前川孝志氏による講演。
五十音図は『仮名の成立』と深い関係あり。
もともと日本語には『ん』はなかったから、ワ行にワヲンと記入するのは間違いなのだ。
五十音図の50文字から撥音が重なっている三文字を差し引いた47文字がイロハなのだ。
日本は①『にっぽん』なのか?②『にほん』なのか?
②と読むのはかつて日本書紀と日本橋だけだと言われていた。
『日』を『にち』ニッポン
『ジツ』ジャパンの語源に分かれたという説の紹介。
国歌『君が代』の問題
国会において、西村眞悟議員はじめいろんな議員が代表質問していたことと政府のそれに対する回答を丁寧に解説され、殆どの日本国民はその実態知らないことに唖然とする。
国歌君が代は古文の和歌なのだから、そもそも現代仮名遣いで表記してはいけないだろう。
やはり役人の答弁は木で鼻を括って釣れないものだ。
無関心、仕方ないでは済まされない。
それにしてもこの勉強會は普段意識しない部分の頭をフル回転させられるので、疲れてしまう。
クーリングタイムとしてタリーズにて、関係者の方々と約60分歓談して帰宅の途につきました。
横浜は横濱と表記する地元の名産が多いことに気付く。
崎陽軒の横濱月餅とか横濱ベイスターズもさすが横濱ブランド!
正仮名遣いの草加せんべい
このほうが味わい深く感じるのは私だけかしら
【無事に終了致しました。】の巻
台風の迷走にハラハラでしたが
6年ぶり(前回はコロナ禍で見合わせ)だった事もあり
大勢の方々がお足元が滑りやすい中いらして下さり
皆様の熱い陶磁器絵付愛で
台風を遠巻きに追い払って下さったような2日間となりました
ありがとうございました
また準備も然る事ながらこの状況下で
理事会、展示会委員の方々の
並々ならぬご尽力&気概に心から感謝致しました。
{ My 出品作品 }
Leonardo da Vinciの岩窟の聖母
大天使ガブリエルの眼差し
手稿にある謎の暗号?
生命のサイクルを象徴すると云われる
Flower of Life {生命の花} は
エネルギーの浄化 生命の源 調和・・・
私にとっての永遠の追求テーマです。
今年2024年の靖国御霊祭りでご奉納のご縁をいただいた揮毫雪洞を、
陶板で再現してみましたが実はタイムオーバー未完成のまま展示
完成した暁に改めて~
約250点もの展示の他には
白磁譲渡会や会員の手描きのチャリティー販売があり
大勢の来場者様のご協力をいただき終了間際、見事に完売に至りました。
友人もたくさん買ってご協力下さいました
最後は私もチャリティー会場の販売のお手伝いをしていたのですが
「お手伝いの方も買っていいですわよ~」と担当の先輩からお声が掛かり
なぜか陳列されずストック箱に残っていた
最後の最後の作品数点が発覚
私を含むお手伝いさん数人でばばばーとなくなりました。
{残り物には福がある}なんて諺がありますが
たまたま残っていた素敵な福をゲットでき
上機嫌の私ありがたやありがたや
たくさんの友人や先輩方々がご来場下さいました!
展示会場は撮影NGの為、会場外で
やはり台風を案じて見合わせたり
タイミングが合わずご案内できなかった友人や
ご一緒にお写真を撮れなかった方もありましたが(残念)
久しぶりの再会&素敵な笑顔いっぱいの思い出に
お写真UPさせて頂きます。
どうもありがとうございました。
J.P.P.A.は全会員がなぜか女性
まさに女の園オバンセレブの中に覚悟して突入下さった勇気ある男性陣
男性にお花をいただくのはやっぱり嬉しいものですね
感謝
いただいた温かいお言葉を励みに
次回3年後に向け{陶磁器絵付け魂}を
マイペースではありますが抱きつつ
精進して参りたいと思います。
J.P.P.A.
日本ポーセリンペインターズ協会感謝弥栄
【それではまず始めに国歌斉唱を♪皆様ご起立願ひます。】の巻
はっと我に返りさっきまでザワザワしていた邪念が消える。
その場の空気がひとつになる瞬間
最近、国歌斉唱をして始まる講演会や勉強会に参加させていただく機会が増えています♪
そして私は姿勢を正すこの瞬間が好きになりました♪
瞬時に大いなる懐に包まれる不思議
日本人として誇らしくもあり嬉しくもあり
先のパリ五輪でも様々なお国の国歌が流れました。
戦意高揚を促す歌が多い中、
「君が代」の歌詞は、天皇が大祭司であり歌詠みのお国柄からか、
崇高で美しいなぁと思います。
勿論、どの国の人も判官贔屓で祖国の国歌が一番素晴らしい!
そう思っているのですよね。笑
自衛隊吹奏楽の威風堂々とした演奏には到底適いませんが、
ピアノで弾いてみました。
≪国歌「君が代」正統派スタイルにて≫
※楽譜ご提供下さった 清水政明先生 に感謝
国歌 君が代 PIANO FRAGRANCE Rieko-style (youtube.com)
(↑クリックするとYouTube演奏動画にリンクします)
愛国心を、国旗国歌を掲げれば・・・
どこからか右翼だ危険思想だと吹聴されるような
戦後レジームからいつまでも目覚めない
おかしな世相がまだまだありますね(>_<。)
私は右寄りでも左寄りでもなくて日本寄り~ ᐠ( ᐢ ᵕ ᐢ )ᐟ
祖国を大切にする事はご先祖さまを大切にする事。
それは自分自身を大切にする事そんなフツーの愛国女子でありたい
≪国歌 君が代『わが君』古今和歌集(詠人し羅ず)
残響音バージョンにて»
君が代~わが君 ~ 古今和歌集 読み人知らず PIANO FRAGRANCE Rieko-style (youtube.com)
(↑クリックするとYouTube演奏動画にリンクします)
※久米由基氏(編曲)を更に Rieko-style に編曲
残響音いっぱいにアレンジしてみました♪
※神々しい夫婦岩の画像は福岡の糸島市観光協会公式ホームページより拝借させていただきました✨
「君が代」の源流は10世紀初頭の古今和歌集から。
世界最古の国歌としてギネス登録されているそうです。
名もなき女性{読人知らず}が詠まれた和歌♪
実は「わが君」が後に「君が代」に置き換えられたそうですが、
「わが君」とは『お側にいる人、恋人とか大切な人』をそう呼んだそうで、
恋文なのだそう️ 胸キュン です ♡ꈍ .̮ ꈍ♡
一〇〇〇年以上も前に詠まれた和歌✨
しかも愛しい人を想い、永遠の繁栄を願う恋文が
日本の国歌♪だなんて 素敵過ぎやしませんか
清らかな言霊の響き✨を感ぜずにはいられません
まだまだとんでもない残暑が続いておりますが
ふと朝晩に感じる秋の気配に あらっ・・・
悠久の時を経て✨いにしえの和歌に
夏のお疲れが癒されますように
少しでも涼しさを感じていただけましたら
な~んちゃって~ 笑
お聴き下さり感謝
8月いっぴ(1日)
【…(それこそ)何もしなければよかったのに】
『我が國語を愛し學ぶ國民の會』参加してきました!
初回(4月)の川畑賢一先生の講義ですっかり國語愛に目覚めた私
前回(6月)の石井望先生の講義は無知な私にはレベルが高すぎて
途中意識失う(居眠り)・・・すみません
そして今回(8月)の上村知己先生の講義で國語愛が再び急上昇!
上村先生のご説明下さる熟語表記、仰る正論に愕然とするも
途中から先生の怒りが
私にもブスブスと心に刺さってムラムラキュンキュン
講演の内容を綴ると熱くなって長くなりそうですので
この日ご参加された森基様のスパッと纏めて鋭い指摘を下さった
素晴らしいレポ(天才的)をシェアさせていただきます。感謝
テーマ:『熟語表記を正さう』
参考資料:高島俊男著『お言葉ですが…別巻2』(連合出版)
戦後、我が国の漢字がいかにして略字に大きく変えられていったのかが、正字と対照することによって、見事に炙り出されていく。
講師の怒りは、戦争で焦土化し生きていくのが大変な時に、何故、内閣訓令が昭和21年11月に告示され、字数制限と略字採用を柱とする当用漢字表が示された。がしかし、法令、公用文章だけで良いものを、新聞・雑誌及び一般の社会生活で使用する漢字についてまで、国が口を出すのか?大きなお世話ではないか!と怒りが爆発。
当用漢字表の当用とは、『当座の間だけ用いる漢字』という意味だったのだ。何故見直さないのか?
長い歴史を持つ漢字文化の國が、敗戦によって何故こうも意味を持っていた漢字が滅茶苦茶にされていったのか?それを推し進めた結果、意味不明の漢字が溢れてしまっていることが、よ〜く理解できた。
代用熟語や書き換え語が多数出現することによって、より一層混乱を招くこととなった。
文部科学省は外来語や新しいことばかりに目を向けるのではなく、間違った政策だったと認めて、元の正字に戻るようにすれば、混乱は収まり、納得できることも多くなると指摘。
最近の日本の低迷は、もしかしたら、日頃使う漢字そのものが戦前とまったく違うものにされてしまったこと。その問題すら気が付かないように巧妙に飼い慣らされた結果ではないのか?歴史を正す戦いや憲法改正、自衛隊を国軍にとの議論と共に、文字についての表記についても、きちんと考えていく必要性を認識した3時間半でした。
なぜか写真を撮られておりました。
熱心な・・・参加者その①にしてくただきありがとうございます~
💐
そして同じくご参加された K先生の素晴らしいレポもご紹介せずにはいられない~
拝借させていただきます
昨日(2024年8月1日)は「我が國語を愛し學ぶ國民の會」の勉強会があり参加した。講師は上村知己氏で演題は「熟語表記を正さう」。戦後当用漢字、現代仮名遣い等いろいろな国語改悪が行われた。記述言語は保守的であることが重要。変化する話し言葉に従属して行っては、昔からの文章が読めなくなる。多くの国語改悪の中で、講師は「熟語のおかしな改造」を取り上げた。
当用漢字により漢字が制限されて文部省が犯した熟語の書き換えがいくつか紹介された。
●交叉→交差 「叉」はフォーク状に分岐したもの、高さ等が違うと言う「差」とは全く意味が異なる。交差点と書いては意味が支離滅裂。
●抽籤→抽選 籤(くじ)をひくことなのに「選ぶ」にされては意味が変わってしまう。
●抛物線→放物線 物を抛(ほお)った軌跡なのに放(はな)つでは意味が分からない。
科学で用いられる熟語でもおかしな改造をされているものがまだまだあると思われ、日本の子供達は道理に合わない非科学的な言葉で勉強させられていることになる。
熟語とは別の話だが、漢字と言う表意文字を音と訓で読み分けて、表音文字であるカナを加えた日本語は世界一効率の良い言葉で、他のどの言語と比べても読み取り速度が速い。日本語は本を斜めに読める。
勉強会終了後市ヶ谷で懇親会を行い懇親を深めるとともに、いろいろ意見交換もし充実した一夕を過ごすことが出来た。
💐
私にとって今回、中国が日本から逆輸入した漢字熟語がたくさんある事も驚きましたが、
当用漢字の経緯や熟語表記のずさんさを知る事となった衝撃の講演会となったのでした。
障害→障がい
さすがにこの害という漢字は相応しくないということが後に指摘された
でも平仮名表記に変更するなら本来の熟語に正せば(戻せば)よいだけなのにである
これぞ愚民化ではないかと思ってしまいます 💢
せっかくそれぞれの意味があるのに単純化してしまった
私は、ショックでした。 なんなのよ~💦
今後は芸は使わず「藝術」と記します。
谷崎潤一郎の「陰影礼賛」を改めて読んでみたくなりました。
戦後GHQ占領下にあって当用漢字・戦後新字体で致し方なかったとしても
未だに本来の國語を取り戻せていない事に私如きでさえ憤りを感じてしまいました。
画数の多い漢字を自分のノートなどには略字で書く分にはよいけれど、
それを印刷字体にしてしまった文科省の罪は計り知れないと上村先生は仰います。
本当にせめて略字を印刷自体にしなければ、
現代の日本人も先人の漢字を継承し先人同様正字正仮名を操れ
その一文字一文字の深い豊かな意味合いを感じ取る事ができたたはずです。
一見複雑で難しく見えても
幼少の頃から活字で眺めていれば自然と学習し覚えてゆくもの。
だって略字と比較しなければ難しいも何もないわけですから。
某国では26のアルファベット、
でも日本は何千というかけがえのない文字があるのに、
そのかけがえのない學ぶべき芽を最初から摘まれてしまったも同然。
そう思うと御先祖さまに申し訳ないのと、
なんて勿体ない事をしてしまったのでしょうと感じざるを得ません。
読みたくなっています
少なくしたり足したり略字にしたり当て字にと、
いじくり回して貧相になってしまった國語
あぁ戦後・・・いっそ
何もしなければよかったのに~~~ です!
熟語表記を正さう
講演の最終章 五、をはりに
「当用漢字に従ふなかれ」
最後に上村先生が付け足されたこの一言がありました
いつまでも私の胸に響くのでありました
これから読み書きを学ぶ子供達の為にも、
一刻も早く正字正仮名に戻してほしいと願うのは焦りすぎでしょうか。
だって略字や誤った熟語表記しか知らずに大人になってしまった私を含む大半は・・・
でも・・・今からでも取り戻せますよ
そう仰る主宰者様の一言にはっとするのでした。
神田の古本屋さんには二束三文で戦前の正字正仮名の本が手に入るそうです。
それらを眺めていたら、常用漢字の略字からでも辿ってゆくことができるそう。
私如きの問いにもご丁寧にお答え下さる先生方々のなんと頼もしい事。
尊敬の気持ちが益々膨らみます。
末席に座るべき私がなぜかど真ん中
私を國語愛に目覚めさせて下さった川畑先生と上村先生に挟まれてシアワセです♡
講演会後の上村先生を囲んでの暑気払い懇親会では
先生方の熱く語る探究心とその國語愛に私はまたもやノックアウト。
共有させていただいた怒りがやがて切なさに、お一人お一人の情熱に、
そして國語の素晴らしさ(=日本の素晴らしさ)に
再び感謝が込み上げながらの帰宅の途となりました。
実はこのお食事後、静かなカフェへ。
ずっと悶々としていて質問したかった事があり
ご専門の先生方々のお考えを伺いたく思い切ってお話ししたら、
川畑先生と高崎先生がしっかりご回答
納得できて気持ちがスッキリしたのでした感謝
(道という感じについてなのですがまた別便で~📃)
遠方の福岡から来てご講演下さいました上村知己先生
會の皆さま、本当にありがとうございました。
そして此度もお疲れさまでした
本当に取り戻すべきもの
それは熟語表記を正す事にとどまらず
その中にある
尊い日本精神を取り戻す事なのですよね
早速、秋になって涼しくなったら
神田の古本屋さん巡りをする計画を立てることにしました~♪
感謝弥栄
最後までお付き合い下さいましてありがとうございました。
『我が國語を愛し學ぶ國民の會』
國語の大切さ素晴らしさを通し
國語愛に目覚める方が増えますように~
☆次回は10月3日午後1時半~ 衆議院会館第二
どなたでもご参加できますのでご興味のある方
是非ご一緒しませんか