Atelier la Primavera創造の扉 河合りえ子のブログ

Atelier la Primavera創造の扉 河合りえ子のブログ

Porcelain Art
Shabby Chic Collage
Resin Flower & Art
Fake Sweets Fantasy
美しいものに出会っている時、そこには音楽が流れている
流れる調べの中に織りなす、光・影・風・香り、気配
今此処にある確かな感覚を、描いてみたり、形にしたり
夢中説夢の旅は続く・・・

陶板画 夢の旅シリーズ 作品1 { 夢 }


主役は眠っている少女ではありません

少女が見ている夢です。
これから体験するたくさんの喜びや悲しみを知らず
暖炉のそばで寝息をたてています。 
誰もが夢見る希望や憧れ・・

もし心の中に眠っている夢があるのなら
そっとその夢に灯りを灯してみてください。
叶った夢、叶わぬ夢 夢を抱くきらきらした気持ち・・・
夢の中に大切にしていたものはなんでしょう。
そう、本当に大切なものは目には見えないところにあるようです。
ひとりひとりの心の中に眠っている夢
そんな 夢の旅 へ出かけましょう!


     

Porcelain Art (陶磁器上絵付け)

メディウムで溶いた専用の絵の具で、白磁器や陶板に絵を描き、800度前後で焼成し色を焼き付け作品に仕上げてゆきます。 薄く色を重ねては焼成するという作業を繰り返す事で、色彩に深みや奥行きを表現してゆきます。

この陶板画二枚組作品{ 夢 }は、10回ほどの焼成を繰り返し、仕上げています。


夢の旅シリーズ作品続編は、Atelier la Primaveraのホームページ

http://www.atelier-la-primavera.com  マイ・ギャラリーをどうぞご覧下さい。

(コロナ)以前は

鎌倉に遊びにくる友人にお土産を持たせたくて

開店前に並んで買っていました。

 

とにかく喜ばれる「 クルミッ子切り落とし 」

 

最近は

こんなハガキに

ついつい

反応してしまいます 👀♡

 

 

自分の為に買って

長いのガブッとかじる! 

ささやかな楽しみ~~~ 😋

 

 

何気なくチェス台に置いたら

クルミっ子と 同化 している事に気付く~ 

(^^)/

 

 

 

恐れ入ります♡

久しぶりにコンビニで紙の新聞を買いました。
日本経済新聞 2021年9月30日(木曜日)

総裁選にすごく興味があった・・・ 訳ではありません 笑

何故かと言うと
文化面に蒲地孝典氏の記事が掲載されているからです。
「和魂洋才 明治伊万里の粋」


蒲地孝典氏
明治伊万里

(和と洋が融合した明治時代ならではの様式美を持って世界を魅了させた陶磁器)を
英米などを巡り 2万点を30年掛けて里帰り させ
(ご本人は、「連れ戻し屋」 と自称されていらっしゃいます 笑)
そして復刻版プロデュースもされている明治伊万里博士さま✨

ギャラリー花伝

東西古今明治伊万里研究所 代表取締役

素晴らしい研究者であられる事は
私がここで申し上げるまでもありませんね。


書籍は、2、3点を除いたほとんどが

蒲池孝典氏が里帰りに関わった明治伊万里作品✨が掲載されています。


( 蒲池孝典氏よりご解説を頂きました )

明治伊万里の象徴的製品は明治6年のウイーン万博に出品された

高蒔絵が施された6尺の巨大花瓶でしょう。

会場の中に鎮座したこの花瓶は万博時代の幕開けの証です。
写真ではなく銅板写真ですが

名古屋城の金の鯱鉾など共に鮮明に写っています。
超絶の美は彫刻が施された巨大香炉です。

此れは精磁会社製です。

明治16年のアムステルダム万博で金賞を受賞したと推察されます。
この類似品は小生がロンドンで発見しました。
技巧的には明治中期からの香蘭社製に観るべきものがあります。

 

ご興味のある方は是非お手に取ってみて下さいね。

私にとっても宝物の一冊です (*^_^*)

 

 


「・・・明治伊万里の優品磁器が注目されてこなかったのは
多くが輸出されたため

国内で目にする機会がほとんどなかったことが
ひとつの要因・・・」

と記事の中でも述べていらっしゃいますが

ふと

 

私は結婚して

夫の仕事で英国のケント州に暮らしていた事を思い出しました。 

(遠くを見つめる目・・・)


借家の周りは広々と田園風景が広がり 

のんびり牛、モコモコ羊、ただただ広いゴルフ場ばかり・・・
娯楽施設も人もいない

丘が広がる風景の中に車を止めていると
ぴょこん ぴょこん と 野ウサギが顔を出して

私をからかうように眺めています
まるでピーターラビットの世界そのもの 笑

真に「英国田舎暮らし」を経験したのだと思います。

そんな生活の中で、
英国人はガーデンとアンティークが本当に好きなんだなぁ
という印象がありました。


私も、週末などはナショナルトラストに保護されたお城や歴史ある荘園など
ガイド本をチェックしながらガーデン巡りをしたり
またはあちこちで開催されているアンティーク市なるものを覗く
そんな 「英国田舎暮らし」 な日々を過ごしていたように思い出します。(笑)

アンティーク市では日本の陶磁器をたくさん目にしました!


私が初めて海外で日本の輸出陶磁器を目にしたのは、この時が初めてだったような。
後に、明治政府が外貨獲得の為に陶磁器をたくさん輸出した経緯を知りました。

海を渡って流れ流れて
イギリスの田舎街の小さなアンティーク市で
私の手に触れている日本の陶磁器✨・・・

最初はなにやら不思議な感覚✨を覚えましたが

出店している店主は大抵

日本の陶磁器は素晴らしいと口を揃えたように言うので

こちらまで嬉しくなって誇らしい気持ちになったりしたものでした。

「オールド ノリタケ」 の花瓶 (イッチンという盛り技法が施されています)


明治伊万里ではありませんが私も少しだけ
日本へお里帰りさせたんだ💦 と今気付く~ 笑笑笑 
残念ながら私のお財布の許す範囲は小さかった・・・

 

 

 

 

〈 明治伊万里 大花瓶 〉佐賀県庁ロビー

 

( 蒲地孝典氏よりご解説を頂きました。 )

明治6年のオーストリア、ウイーン万国博覧会に出展することは

維新政府にとって、いかに日本が文明国家であるのか、威信をかけた一大プロジェクトでした。
高度な技術を駆使した陶磁器文化は文明国家としての象徴でした。
欧米の先進国家の度肝を抜かねばならないと、

芸術性よりも高度な手技に重きを置いたかに見える出品の数々でした。

取り分け、磁器製の大花瓶は巨器と解説されたほど、欧米の陶磁器を圧倒したことでしょう。
 

大花瓶に描かれた陶画は雄渾且つ細密で筆勢のある運筆です。
概ね、大作の運筆は粗が知れますが、これらの巨器には粗雑なところは見当たりません。

小さな物の細かい描写は粗が判りづらく、却ってよく見ると筆致に勢いがありません。
また、図案の構図も大作は計算し尽くされて美の黄金律を垣間見ることができます。


県庁ロビーにある大花瓶は

恐らく明治11年に開催されたパリの万国博覧会に出品された物ではないかと推量されます。

ウイーンの万博の成功を受けて、この時も大作が数多く出品されました。


花瓶の主題は雄鶏です。日本画を見る様な草花文と共に活写されています。
この頃までは欧州でのジャポニスムの最盛期で、

有田にとっても第二の黄金時代ではなかったかと思われます。

 

 


「こんなにも素晴らしい焼きものがあった事を

多くの日本人に知ってもらいたい・・・」

 

蒲地孝典氏のそのような想い✨は
その「英国田舎暮らし」の中で

アンティーク市を彷徨った私のささやかな記憶と
スッ✨と重なったのでありました。 笑

 

 

 


激動した明治の荒波に翻弄されながらも
海外に果敢に挑戦し育まれ磨かれた明治伊万里

「・・・ところが最近の有田はかつての勢いをなくしている。」

とも述べられています。

「型があるから型破りができる。
型がなければ単なる形無し」

 

歌舞伎役者の十八代目 中村勘三郎氏の名言✨ を添え

「・・・今こそ、明治期のその精神と技術を学び直すべきではないか
・・・人を育て先人達の技術を後世に伝えていきたい。」
(明治伊万里の精神と技術を歌舞伎の型に例えていらっしゃるのですね♡)


記事の最後には

そのような熱い想いで締めくくられていらっしゃいます

 

コロナ禍のなかなか難しい世の中ですが

明治伊万里を超えるような 型破り!

有田の益々のご発展を

楽しみにさせて頂きたいと思います (^^)/

 

 

 

さて

 

 


同じ紙面の左側は「私の履歴書」
ファッションデザイナーの山本耀司さん

連載最終回の記事が掲載されています

掲載記事のお知らせを頂いた折に
「・・・山本耀司さんの’私の履歴書’の隣とは光栄です。」

とお言葉が添えられていたので

何が書かれているのかなと私も目を通してみました。
少し抜粋させて頂きます。

 

「 今秋、パリコレのショー (婦人服) が迫ってきた。

コロナ禍で渡仏を断念するデザイナーが多いようだが

我が社はあえてショーを開催する。

・・・真剣勝負の舞台であるパリでショーを可能な限り続けるのが

デザイナーとしての「レゾンデートル」 (フランス語で存在意識)」

うわぁ! かっこいいですね~~~!!!

「・・・ファスト ファッション( ファスト フードになぞらえた造語 ) がはびこり
ファッションのフラット化が急速に進んでいる。・・・」


なにやら身につまされる思いが💦
最近はもっぱら私は コロナファッション 

( コロナ禍になってから家の中で着るようになった服装になぞらえた造語 )
どうせ自粛生活だから、出掛けないからと

上下ちぐはぐ、無頓着・・・私のぐうたら部屋着ファッションの意

「・・・でも服を選ぶことは

大袈裟に言えば生活や人生を選ぶことでもある。・・・」
 

さすが世界のファッション界のリーダー

Yoji yamamotoの名言です~~~!!!

 


今の世の中は
世界中が大きく変容していく過渡期でもあり
まさしく選択していく時代が到来してきていますね
洋服ひとつ取っても、後の大きな選択へと繋がっていく
生活も人生も・・・
それは決して大袈裟ではないわ!
私はそう ガッテン してしまいました!

また同時に

選択する事を止めてしまう事
美しい陶磁器を愛でたり斬新なファッションにも感動が湧かない

自分の頭で考えなくなる・・・思考停止

それは個を失い

大河に呑み込まれてしまうような危うさをも💦



蒲池孝典氏の明治伊万里愛

「型があるから型破りができる。
型がなければ単なる形無し」 の如く目覚めよ~~~

・・・今こそ、その精神と技術を学び直すべきではないか!!!!!


山本耀司氏のファッションデザイン愛
・・・安易な「コンビニファッション」のままでいいのか~~~
・・・そんな風潮に異を唱え続けてゆきたい

・・・一緒に世間や時代に異を唱えよう!!!!!


異なる芸術分野ではありますが
お二人がそれぞれに傾ける情熱魂✨はまさに

シンクロ・・している~~~!!!!!
そう感じるのは私だけでしょうか・・・♡



感動のあまり額装してみるー!(^_^)v

(詳細は判読できなさそうでスミマセン)


恐れ入ります ♡

~~~~~~~~~~~~


今回も

最後までお付き合い下さり

どうもありがとうございました

いつの日か有田の地を訪れることができたら

里帰りさんたち✨(明治伊万里)を拝見させていただきたいな~

山本耀司さんのブティックも今度覗いてみようかな~

(*^_^*)

 


感謝♡

そして日を置かず・・・
・・・この時は知るよしもありませんでした
・・・つづく


前回の投稿はそんな文句で引っ張ってしまいましたが 笑

大倉正之助さんというキーワードで参入した (*^_^*)
中沢克之氏の鎌倉市長選の事務所開き式から3日後は日曜日でした

毎週日曜日の夜といえば
私が楽しみにしているHEAVENESE styleという番組があります



HEAVENESEというのは
牧師でありミュージシャンのMarreさん(座長 石井希尚氏)と
シンガーであられる妻Kumikoさんを中心に

結成されている和楽器バンド♪ (外務省後援)

*画像はHEAVENESE公式サイトよりお借り致しました。

 

 

2時間半という盛りだくさんの番組のエンディングには
私が大ファンの能楽師・大倉正之助さん (人間国宝) 
大鼓で共演♪✨されるので
日曜日の夜のこの時間は私にとって至福のひととき✨なのです。

また、石井希尚氏は
自身がオーナーであるライブカフェ『KICK BACK CAFE』を拠点に
ミュージシャン、作家、カウンセラーとして
またプリマリタル・カウンセリングの日本に於ける第一⼈者としても
信頼を得ていらっしゃる凄い方だそうです。
日本で初めてフリースクールを開校された方であるとも。

実はMarreさんがどう凄いのか
あまり私はよく解らなくてピーン♪と来ないのですが
この番組を通して伝わる気骨ある一座の存在の凄さというか
それを纏め発信している彼の揺るぎないスタイルに
私は圧倒的な美学を感じてしまうのです♪



さて


番組の中で毎週ゲストを招いての対談があり
今週のゲストとして招かれたのが
なんと3日前
動機が不純で参入した 笑
中沢克之氏の鎌倉市長選・事務所開き式

そうなのです
3日前に初めてお会いしたその中沢克之氏

 

 

 

 

 

※HEAVENESE Style のゲストはブロック塀をキックして登場するという恒例の儀式

 

 

我が家のお茶の間で💦 ( TVの画面を通してではありますが )
MarreさんとKumikoさんと

和やかに喋っているではありませんか💦

 


そして熱く語っているではありませんか💦



どっ、どうしてこの場に~~~👀💦



そして今週も番組のエンディングでは
大倉正之助さんがより熱くより激しく
魂を揺さぶる大鼓を奏でておられ~
✨♪
感無量♡


3日前には鎌倉で

確かに私の目の前に~ ✨
それは夢✨か幻✨だったのかな・・・クラクラ💦


この日曜日の夜・・・私は
この一週間の出来事を

フワフワ朦朧(もうろう)と
感慨深く振り返るのでありました

世の中って
もしかして
広いようで狭いのかしら・・・



そして一夜明け
はたと気が付いたりする!

もしかして

私が 「引き寄せ」 たのではなくて
私  「引き寄せ」 られてるのかも~~~ 💦

 



※画像シェアはご本人のご了解を頂いております。感謝♡

 

やはり3日前

中沢克之氏の事務所開き式にご臨席されていらっしゃった

平山弥生様 (お父上は平山郁夫画伯)

能楽師・大倉正之助さんとは20年来のご友人であられ

おそらく昨夜の番組も中沢克之氏皆さまとご一緒で~

収録後でしょうか

自然なくつろぎポーズで何とも穏やかな表情

そのバックには

なんと大倉正之助さんをしょっておられます~✨

この超ナイスなアングルのショットに私は一目惚れ♡

 


気が付いたら
{言祝ぎ}(ことほぎ) という
何とも清々しいおめでたい響き✨
和の国なネーミングのグループネットに
平山弥生様よりお招き頂いておりました♡
・・・う?

メンバーの中には

大倉正之助さんがおられるではありませんか✨

こうなったら
どんどん「引き寄せ」下さいませ~~~✨
弥栄~~~♪✨


めでたしめでたし (*^_^*)

 

♪~~~~~♪♪~~~~~♪♪~~~~~♪♪~~~~~♪♪~~~~~♪

HEAVENESE Style  毎週日曜日の夜8時~

 

 

約2時間半もの長時間番組ですが

中沢克之氏は1時間31分頃ご登場されます

ご興味のある方はご覧になって下さいね

大倉正之助さんは番組の最後エンディングソングにご登場です。

もちろん通しでご覧になられても グー (^^)/♪


 

毎週この番組では
驚き💦の世界中からの貴重な生情報が発信されます

今は本当に底なしの情報過多の世の中ですね
私はなるべく偏らないように

様々な視点からの情報ソースを
ある程度、持っていようと決めています
様々な言論に耳を傾けてみる

どの番組を、誰が言っているから信じるというのではなくてね
(宗教ではないのだから信じ込むのは危険かも)
シンプルに毎日
私は私の情報の読み方を磨いていけばよいと思うのです。

HEAVENESE Style も、ひとつの情報ソース

私は私の心に問いかける

自分の方向性を見極める時間と思っています

いつも一旦リセットして軸を整え

クライマックストークで心震わせ💧✨
エンディングで大倉正之助さんの鼓に酔って♪✨
心地よく週末を終える
そしてまた新しい一週間に向かって

床に就きます ・・・ZZZ

 

 

 

☛鎌倉 ☛大倉正之助さん
その二つのキーワードだけでピーン♪
すぐにお知らせしなきゃと
私を思い出して下さったそうなのです。

ったく・・・「灯台もと暗し」の私
そんな私の元に届いた夢のようなそのお知らせ✨は
遠く離れた鹿児島の友人から飛んできたのでした!

「鎌倉市の弥栄を記念して奉祝大鼓」
えっ、え~~~~~💦

私が大ファンである大倉正之助さんが
鎌倉で奉納~~~?♪

添付下さった内容をよくよく見てみると
なんと鎌倉市長選に立候補される方の事務所開きで
大鼓を奉納されるという記事でした。

「 どなた様もご参加いただけます 」 
とあるではありませんか 👀💧


知らない方の事務所開き式に
にわか支援者の顔して潜り込む~~💦

どうしよう~
そんな事してよいのぉ~~💦?

でもこんなチャンス
二度と訪れないかもよ~~ ← もう1人の自分のささやき

しかも私の家から歩いて10分もかからない場所
そんな至近距離に大倉正之助さんがいらっしゃる
ほんのちょっとでも生のお姿拝見したい・・・💦

マスクしてたらどこの誰かなんて解らないし
詮索されないから大丈夫よ~~ ← もう1人の自分のささやき

どうしよう~

しかも開設式は4日後と迫っている💦

こんなチャンス
逃して後悔したくないでしょ~~ ←もう1人の自分のささやき

ど、ど、どうしよう~~💦

そしてはたと眼が留まりました!
鎌倉の市議会議員さんの中で
私が日頃、一番信頼&尊敬している長嶋竜弘氏が
なんとご推薦・支援されているではありませんか!

そういう方なんだ!
それならばとっても興味津々
迷うことはないじゃない
私だって一票を投じる鎌倉市民

しかも
大倉正之助さんに奉祝大鼓をお願いされるとは
何かご関係があるということ!

いざ突入~!

大倉正之助さん~~~✨ ← あれっ、アナタ違うでしょ

そんなこんなで
4日後の9月30日午前10時

いざ鎌倉~    ←アナタ鎌倉人でしょ
いざ大倉正之助さ~ん✨ ←ちょっとちょっと
そうでした、いざ事務所開き式へ~ ←動揺しておりますわね
参じる事に致しました。

 (*^_^*)



どんどん人が集まって来ていらっしゃいます
その中に市議会議員さん(長嶋竜弘氏)のお姿をさっそく発見👀
嬉しくなって歩み寄りご挨拶することができました。

「ところで河合さんは、中沢さんとはどういうお知り合いでしたっけ・・・?」
「・・・あっ、まぁ、あの、その・・・」 
でもここで正直にならなければバチ当たりですね。

「実は私、大倉正之助さんの大ファンなんです・・・💦」
「・・・? そっ、そうでしたか! それは・・・凄いラッキーでしたね!」

そう言ってにっこりして下さる長嶋さん
なんて懐の大きいお優しい方かしら✨✨✨


鎌倉市長選
立候補 中沢かつゆき事務所開き

始まりました!

そして左手奥に
鼓を膝に大倉正之助さんの凜々しい生のお姿が~~~✨

えっ、ほっ、本当なのね 

自分の頬をツネって確認したいくらいの一瞬です
(私って人間古いです~(^_^;)💦)





神職の方が祝詞を奏上され、中沢氏、後援会代表の方々、

そして

大倉正之助さんも真榊を奉納されました。


神前に、そして平山画伯の絵の前でも礼
座っているお姿
立っているお姿
静と動 
目が釘付けになってしまいます
鍛錬に鍛錬を積み上げられた方から醸し出される
すべての所作に
心があり美しいのです
✨✨✨

そして、中沢氏のご挨拶があり
側で、祝杯に配るお茶を準備をしている若いお嬢さんがいらっしゃり
中沢氏のお嬢様である事がわかりました。

「今は18歳ですが、この娘が2歳の時から男手ひとつで育てて参りました・・・。」

たいへんなご経験、ご苦労があったことでしょう。
当時、市の窓口に相談に行っても温かな手を差し伸べて頂けなかったのかもしれません。
「・・・その時、市政に携わりたいと私は意を固めました。
次代を担う子供達が住み続けられるような鎌倉でなくては・・・。」
・・・というようなご挨拶を頂きました。 
(私の記憶違いでしたら、すみません。)

鎌倉市名誉市民の平山郁夫画伯
「アフガニスタンの砂漠を行く・日」 
が飾られていました。


この絵は
お嬢様であられる平山弥生様 (画像中央の女性)が所有されている御作品で
特別展示下さったそうです。
後に、拝見させて頂いたお礼を申し上げる機会を頂き
とても物腰の柔らかいお優しい方、親しみを感じさせて頂きました。

感謝✨
 


現在のアフガニスタンがとても厳しい状況を
私もニュースで流れる

目を覆いたくなるほどの映像に心が痛みますが
比べれば日本は色々とあるけれど
本当に遙かに平和である事を感謝したいと思います。



そんな中でも
鎌倉市も山積した問題があり
たいへん厳しいものがあるそうで💦
やはりその立て直しの戦いに挑むお気持ちと
平山画伯の絵の中の美しいアフガニスタンの地
再び穏やかであってほしいと願う気持ちが重なるようで
とても熱いものを持った方なのだなぁと👊✨
清々しい決断、挑戦への気合い✨✨
こちらにまで伝わってくるように感じ取りました。




そして

ついに

大倉正之助さんの大鼓の奉納✨

私にとって雲の上の存在の方が
こんなに近くで・・・♪♪♪

その感動は言葉になりません

この日この時の大倉正之助さんの
弥栄の大鼓の調べを
私は生涯忘れない

私の人生への弥栄にしよう
目の中から溢れてしまわないよう
目を閉じ、そう思いました。




兎にも角にも
鎌倉市長選に立候補された中沢克之氏という方の
事務所開き式に図々しくも参入し
大倉正之助さんの弥栄を至近距離で全身に仰ぎ (勝手に仰いでいる 笑)
私の人生の✨弥栄~✨とばかりに感無量にシビれた私
それだけでなく
お話して、ツーショット写真まで~~~~~♪

突如、予てからの夢が叶ってしまいました
まさしく奇跡としか言いようがありません

(^_^;)


私は緊張で顔が引きつっておりますが・・・一生の記念の1枚となりました

たまたま私の側に居合わせお話しした方が大倉正之助さんのご友人で

私が大ファンですと呟いたばかりに、お開きの後、わざわざ大倉正之助さんをお呼び下さり

ツーショットを撮って下さったのです! それもこれもなんという幸運♡

 

 

ご縁✨とは摩訶不思議でございますね
このお知らせを下さった鹿児島のお友だち
鎌倉市長選に立候補され事務所開きに大倉正之助さんをお招き下さった中沢克之氏
平山郁夫画伯のお嬢様であられる平山弥生様
市議会議員の長嶋さんと後援会の方々
多くの支援者の方々
大倉正之助さんとのツーショットをたまたま撮って下さった方

(後で解ったのですが、知る人ぞ知る女優さんでした。どうりでとても美しい方でした♡)
そして大倉正之助さんと
私の夢を叶えて下さった大いなる神さま

心から感謝申し上げたいと思います。
ありがとうございました♡

☆そして鎌倉市長選💦
私の夢を導いて下さいました

この度の不思議で有り難いご縁ではありますが

中沢克之氏のご活躍を祈り

陰ながら応援させていただきたいと思います

(^^)/


ところで
どうして中沢氏は

大倉正之助さんとはどういうご縁なのかしら
どこでどうしてお知り合いになられたのかな
そう言えば
聞くの忘れてました~~~💦

そして日を置かず
すごい展開に続くとは
この時は知るよしもありませんでした

・・・つづく


※事務所開きの模様は主催・中沢克之様のご承諾を頂き公開・投稿させて頂いております。
 感謝♡


🌿✨🌿✨🌿✨ 引き寄せの魔法 🌿✨🌿✨🌿✨


能の奥義など知るよしもない能楽に無知だった私が
なぜ大倉正之助さんを知り得たかというと
それは HEAVENESE というミュージックバンドと

共演されているのを拝見したご縁でした。

 

鼓とは能舞台で聴くものと思っていた私は
全く異なるジャンルの音楽に
鼓という楽器が見事に溶け込み響き合っている
真に圧巻
鳥肌が立つほどの感動が走りました
心の芯に届く波動が
眠っていた感覚が呼び起こされるような
切なくて嬉しくて泣きたくなるような
なんだろう・・・✨
とても言葉で表すことができそうにありません。

同じ空間で大倉正之助さんの大鼓を聴く事ができたらら
どんなに素晴らしいだろう
いつか聴きたい
ずっとそう思っていた願いが
突然、
しかも遠方へ出向くのではなくて家のすぐ側で
叶ってしまった

こんなミラクルみたいな事があるなんて・・・✨


✨引き寄せ✨ について触れてみたいと思います
引き寄せの法則(ひきよせのほうそく、英: Law of attraction)は

ポジティブまたはネガティブな思考が

人の人生にポジティブまたはネガティブな経験をもたらす

という信念に基づく疑似科学または思考法

それは、一言でいうと、
「心で思っていることが引き寄せられる」
という法則なのだそう。

逆にいえば、私の周りにあるものはすべて私が引き寄せたもの

嬉しい事も、そしてそうでなない嫌な事も 

もし引き寄せの法則が本当に現実になるならば
こうなってほしいなこうなったら嬉しいなと
そう願う事だけを引き寄せる事ができたら
それは何て有り難いことだろう

と言うことは

引き寄せたくない事は捨てなければ
余計な心配や不安は切り捨ててしまおう

そう思ったら
何やら身体がスッと軽くなったような気がしました。
(*^_^*)



以来、大倉正之助さんの鼓を聴く度に
私の中の何かが呼び起こされます
何億年も繋いてきてくれた祖先の命の声
身体が震え泣きたいほど響いてくる波動
それは何と言っているの
何を伝えてきてくれているの
無限の宇宙という大いなる懐の中
地球という小さな星の中に
私というはかない存在にまで響いてくる
アナタもこの世界の中の自然に抱かれている尊きもの
アナタはアナタ 唯一無二

たったひとりしかいないけれどひとりじゃない
すべて調和の中に一緒に響き合っているよ
( ちょっと大袈裟かも 笑 )


大倉正之助氏
重要無形文化財総合指定保持者
能楽師 囃子方大倉流大鼓の奏者
(大倉家は室町時代より650年続く能楽囃子「大鼓・小鼓」の家元)
大鼓ソリストとして独特の世界観とスタイルを持たれ
様々な活動をされています。
ご趣味も色々、大きなバイクで突っ走る
おやじライダーでもあられます (失礼💦)


🌿✨🌿✨🌿✨ 引き寄せの魔法 🌿✨🌿✨🌿✨

 

『 空女展 』


東京赤坂 「 青花堂 」 さんにて  
明日から始まります (9月28日~10月9日)



私は一足先に伺ってきました♡

 


都会のオアシスの一角に美しい雅な世界✨

 


すべてが一点物、超絶技巧が織りなす手描き✨です

 


私の憧れ✨究極の美を身にまとう悦び♡

 

 

 

敵艦の中へ入っていく事はどれだけ屈辱的だったことでしょう。
汚れ役を正々堂々と引き受けられた当時の重光葵外務大臣。


 

この日 (1945年9月2日)
マッカーサーは緊張で何度もトイレで嘔吐したそうです。

この戦争を終結させる事がいかに難しかった事か・・・。

ミズーリ号の甲板上での調印式。

写真には解りませんが、重光葵外務大臣の右足は義足(10KGもあったとか)


連合軍や関係した国の代表が次々と降伏文書にサインしていきますが
途中から
サインする箇所を間違えて一段ずつズレていってしまい
最後の代表国のサインは、余白のところだったそうです。


重光葵大臣はそれに気付き
たとえ敗戦国であっても
威厳に満ちた態度で
間違いを書き直す事を要求し貫いたそうです。


このサインの場所の間違いが
後の日本に不利に利用されないように。
何か問題を引き起こしかねないと懸念されたのですね。


戦争を完全に終結する事
物事の最後にきちんと片を付けるという責任でしょうか。


「願わくは
御國の末の栄行き
吾が名をさげすむ人の多きを」

(今は多くの人が敗戦の痛みに打ちひしがれているけれど
この屈辱的な署名をした自分の名をさげすむくらい
いづれ日本が栄えて発展してくれる事を願いたいものです。)


この時に詠まれた和歌に込められた無私の精神
そして祖国への愛情が溢れていて・・・

なんて気高くて尊い和歌✨

私はショックで肩が震える思いがしました

 

 

国際紛争は外交で解決すべきと

最初から最後まで戦争回避の交渉を続け

そして戦争終結に尽力した

重光葵外務大臣

こんな大臣が

当時には在られた

 

その事を知っているのと知らないのとでは

今の不条理に変容する時代に

自分の軸を何処に置いて

どちらに向いていたいか

そう自問する時

とても大切な指針のように思いました。

 


今日はそんな9月2日を想って綴ってみました (*^_^*)

もちろん

戦争を美化するつもりは毛頭ありません

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

日本の誇り✨

 「東西の架け橋」 重光葵 外務大臣

 

GHQ側さえも彼の無罪を主張したにも拘わらず

旧ソ連軍の強い要求に折れ

A級戦犯とさせられましたが、それを受け入れた重光葵外務大臣

途中で恩赦があり巣鴨プリズンで4年間収監された後

再び外務大臣に就かれたそうです。

 

収監されている時に

障害者ながら社会福祉事業家として活躍していた

ヘレンケラーのニュースが耳に入ってきたそうでが

その際、元将官たちが

「あれは盲目を売りにしているんだよ」

そう言った事に対して

 

「彼らこそ哀れむべき心の盲者。

なんたる暴言ぞや。

日本人の為に悲しむべき」

 

と彼らを痛烈に批判し

彼らの見解の偏狭さを嘆いた重光葵外務大臣

 

そんな彼の右足は義足だったそうです。

上海事変終結後の天皇節式典最中、爆弾が投げ込まれ

国歌斉唱中だった為に、微動だにしなかったそうです。

爆発する前に少しでも除けようとすれば免れたはずだったようですが・・・。

その時に右足を失った

それが重光葵という方なのですね。

 

強く気高く限りなく誠実 

そしてその懐にはなんて温かい血が流れているのでしょう

これが武士道精神というものなのでしょうか

 

 

 

 

窓を開け空を見上げると
厳しい夏が、夏の残暑すら
その余韻も忘れてしまいそうに涼しげな雨が
朝からしとしとと、しとしとと降っています。(鎌倉)
背筋が伸びる思いがします。
感謝♡

 

 

一色 正春氏 

FBに投稿された記事を以下にシェアさせて頂きます

76年前の今日、我が国は2000年以上の歴史において初めて全面降伏をしました。その降伏文書の調印式は東京湾内に停泊した米戦艦ミズーリ号の公判上で行われました。その調印式に臨んだのは外務大臣重光葵と陸軍参謀総長梅津美治郎大将でした。おそらく我が国の歴史上初となる降伏の儀式に多くの重臣が参加を拒んだと思われますが、彼はその大任を引き受け、その時の心境を
「願くは 御國の末の 栄え行き 我が名さけすむ 人の多きを」
と詠んでいます。重光外相は「今は多くの国民が敗戦の痛みに打ちひしがれてはいるが、いずれ再び日本が栄え、この屈辱的な行為を行った自分を責める人が多くなってくれ」と後世の日本人が再び立ち上がってくれることを願い屈辱の調印式に臨んだのです。つまり彼は自らの名誉よりも国家の繁栄を願い敢えて汚れ役を引き受け、後世の日本人に未来の日本を託したのですが、残念なことに今を生きる日本人の大半は彼の名を蔑むどころか知りません。まして彼の本当の願いなど知る由もありません。おそらく、この写真を見ても「アメリカ相手の勝てる見込みのない戦争は一日も早く終わらせるべきだった」「兎にも角にも戦争が終わってよかった」「よくぞ戦争を終わらせてくれた」と思う人の方が多いのではないでしょうか。
しかし、この日で戦争は終わりませんでした。大戦当初から日本と戦ってきたアメリカをはじめとする連合国の大半が8月15日を境に戦闘行為を停止していたにもかかわらず、つい一か月ほど前に参戦したソ連軍は満州、樺太千島を侵略占領し、この調印式後も侵略の手を緩めることなく北方領土を占領しました。その結果、今なお我が国の領土は不法に占拠されたままです。
そもそも、ソ連は同年8月8日の23時ころ、一方的に有効な中立条約の破棄を宣言するとともに駐ソ大使に宣戦を布告しました。あわてた大使が日本に連絡をとろうとしたところ日本公館の電話線は切断されており連絡が取れないまま、その一時間後、日付が変わるのを合図に奇襲攻撃を始めたのです。このソ連の仕打ちこそが計画的な騙し討ち(sneak attack)です。
更に、ソ連軍は日本が降伏の意思を表明した8月14日以降も日本軍に武装解除命令が出ていることをよいことに、降伏の軍使を殺害し、赤十字のテントに空爆を加え、引揚げ船を撃沈するなど、軍民問わず日本人に対して一方的な殺戮行為を行いました。
満州、朝鮮、樺太、千島では、9月2日以降もソ連軍は日本人に対して、人とは思えないような行為を繰り返した挙句、国際法やポツダム宣言に背き、65万人(一説によれば200万人)もの日本人を、シベリアやモンゴル、中央アジア、北朝鮮、カフカス地方、バルト三国などに強制連行し、劣悪な環境の下、ロクな食料も与えずに強制労働に従事させたため6万~25万人の人が故国の土を踏むことなく亡くなりました。
ところが、現代に生きる我々日本人は敗戦の屈辱を忘れ、罪もない同朋を大量に殺戮したアメリカ軍が76年間も自国内に居座り、我が国の命運を左右する存在であり続けていることに疑問を感じなくなり、基地に反対する人の大半は日本に敵意を持つ国の思惑通りに動く人ばかりで真に日本のことを思って米軍基地に反対する人はごくわずか。占領が終わっても自ら国軍を持とうという気力もなく自国民を拉致されても、島を占領されたままでも、ミサイルを撃ち込まれても、領土領海を脅かされても何もできない現状。はたして現在の我が国は経済こそ繁栄はしていますが、重光葵が望んだ日本国になっているでしょうか。
ちなみに重光葵は「いわゆる」A級戦犯として懲役7年の有罪判決を受け刑に服しましたが、仮釈放後、政界に返り咲き再び外相となり、昭和31年12月18日、日本が国連に加盟する国連総会において、「東西の架け橋」演説を行い、各国の代表から握手攻めにあうほどの称賛を浴びました。

その時、誰一人として重光が「いわゆる」A級戦犯であるなどと言う人はいませんでした。


 

 

うっかりしてしまいました💦
すっかり月日が流れてしまいましたが
遅ればせながらご報告させて頂きます(*^_^*)


第24回全国公募 2021 『 陶芸財団展 』 入選

 

脚付飾皿 『  白鶴花伝  』

( お酒の銘柄みたいなネーミング  笑笑 )

 


6月下旬一週間
陶芸作品一点を展示して頂きました。


出品作品を制作したのは開催から一年以上前で
昨年(2020年)は流行病で開催が急遽中止となり
・・・

一年間待って💦、ようやくこの機会を頂ききました。

 

つがいの 鶴姫&鶴太郎 には  (笑)
一年の間
木箱の中で越冬してもらい
この機会に無事に日の目となり
多くの方に観て頂けホッとしております。



 

歴史ある 『 陶芸財団展 』
陶芸作家としてご活躍されている方々や
これから陶芸家を目指す若い作家さんに交えて頂き

 


 

 

自分の陶芸作品を展示して頂けるのは
予てからの ✨私の夢✨ でした

 (T_T) 嬉し涙




 

 


 

 

 

長年学んできた上絵付けだけに拘らず
土台となる生地から手掛けてみたい・・・ 

 

                    
それは私が究極的に憧れる世界
です

 

ホント欲ばりですよねー  (*^_^*)

 

 


轆轤や手捻りの技術、土や釉薬の知識等・・・
総合的に学ばなければならない陶芸技術には程遠い中

ご縁あって
「アトリエ夢の木」主宰 渡辺早苗氏
と出会い
出展に至るまでご指導頂く機会に恵まれ
ました。
感謝の気持ちでいっぱい
♡ m(_ _)m 

 




さて

長い制作過程では
無事に完成まで漕ぎ着けるのぉ~?

と終始悪戦苦闘致しました

 

やっとデザインが纏まり成形したものの

次から次へと難問続き~💦

 

 

例えば

 

粘土が乾くまでに

鶴の細い首が垂れちゃったらどうしよう・・・

活き活きとした動きを出す為に

黒い尾羽はふわっと空気を孕んだようにきるかな・・・等々

 

乾燥→磨き→素焼き→釉掛け→本焼き

 

ようやくボディが焼き上がり

最終段階の上絵付けまでくると

またたいへん💦

 

 

鶴の羽根や嘴やら尖っていたり出っ張ったりですので

うっかりセーターの袖口が引っかかって

危うく欠けてしまいそうになったり・・・

 

筆の柄が嘴に当たって筆がブロック・・・

何度も嘴と筆がカキーンと衝突💦

その度に冷や汗がタラリ

 

鶴の頭の赤肉のぼつぼつ模様や赤み加減?

黒い羽のしっとり濡れたような表現は?・・・👀

 

鶴の嘴のガサガサ加減は?

鶴の細い鼻の穴はどこ?・・・👀

 

どんだけ鶴の写真を眺めたでしょうか💦

 

水辺の透明感を出したくて

水色の和絵具をぶっつけ本番で使ってみたり 怖💦

 

京薩摩風の花の細描では

湖面を漂う浮遊感を出したくて戸惑い・・・💦

 

 

透明釉薬が偶然ですが

湖面を織りなすような綾ができたので

その綾にキラキラ光る水紋を

金の点描でどこまで入れようか💦・・・とか

 

全てが

ほぼほぼフリーハンドで彷徨いながら

何とか筆を置き完成と致しました

・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 

そして

最後の難関は

 

搬送の木箱を作り、作品を固定するのに四苦八苦

梱包で羽根が欠けたらどうしよう

首を折っちゃったらどうしようと

最後の最後まで不安と恐怖がつきまとう

緊張の連続~💦


粘土での成形から絵付け&梱包まで
ほ~んとうに長いトンネル続きの旅をした気分です

 

 

 (^_^;)
はぁぁぁぁぁぁ

 






 

さて

今年の陶芸家の登竜門 「 陶芸財団展 」 

例年と異なり

陶芸以外でのエントリーもあり (???) で

ちょっと ずっこけましたが 💦

賑やかな開催となりました (^_^;)






 

 

 

 

 

そして

 

 

開催中に
私も鶴になって舞い上ってしまいたいほど
とてもとても嬉しい事があったのです!

広い会場で
たまたまご覧下さっていた方と
お話しするタイミングがあり
身に余るほどの嬉しいご感想を頂いたのですが

・・・この作品を見ていて
以前、訪れた鹿児島の出水に
越冬に来ている鶴を見た事
・・・その時の鶴を思い出しました。

と仰られたのです。

「・・・💦 えっ、え~~~~~」

だって
実は
真に


鹿児島の出水に越冬に来ている鶴に感動し
想い描いて制作した作品だったのですから~~~。



その事をお伝えしたら
やはりとても驚かれて
一挙に出水の鶴の話題で

盛り上がってしまいました (^^)/。

私の拙品の鶴を通して

鹿児島は出水に飛来する

越冬の鶴にシンクロしたのです


こんな偶然というか

不思議な事があるものでしょうか・・・💧
本当に有り難くて
おかげさまで
この開催中

何よりも嬉しい思い出✨となりました。

ありがとうございました ♡♡♡

 

 

ご来場下さいました皆さま

私を支えて下さるすべて✨に

心から感謝♡申し上げます (*^_^*)

 

あっ

鶴姫鶴太郎にもね ありがとう~

 

 

 

陶芸作品に挑戦するという事

それは何度も窯に入れるので

完成までどんなハプニングが起こるか

ハラハラ続きの長旅となりますが

完成した時の喜びも一入です

またきっと少しでも前進して羽ばたけるように

次に向けて頑張りたいと思います

また

うっ・・・

がっ、頑張るぞーーー💦

 

ちょっと一休みしてからまたね (*^_^*)

 






お付き合い下さいまして

どうもありがとうございました (*^_^*)
♡ 感謝 ♡


そっ
・・・そうなのです!
作品を手掛けるきっかけとなった
📝鹿児島県 「 出水市ツル観察センター 」 
初めて日本に渡来してくる

ツルを見に行ったあの冬 (2019年1月)・・・✨

 


 

 

 

 

 

ブログに綴っております
たくさんの鶴の画像や

鶴を描かれた薩摩焼を載せておりますので
宜しかったら併せてご覧下さいませ 
(*^_^*)

 

鹿児島・薩摩焼の旅ノート⑥

{故郷忘れじがたく候♡美しき出水の鶴は望郷の使者}
https://ameblo.jp/atelierlaprimavera/entry-12444206696.html?frm=theme

 

 

 

 

残暑お見舞い申し上げます♡


今年も昨年に続きコロナ禍の影響で

故郷で過ごすお盆や楽しい夏休み休暇~♪

というわけにはいきませんね💦

 

そんな世の中ですが

私はクーラーの快適な部屋で

平穏に過ごせる静かな夏も

しみじみ・・・有り難いなぁ

と感じたりしています

 

そして同時に
この8月が日本にとって鎮魂の月であるという事も
忘れないで過ごしたいと思っています。

 

遠い異国の戦地に埋もれた多くの命

(未だ遺骨収集が続いていて

日本に家族のところに運んで下さい・・・

そう待っているのではと思うと

本当に胸が痛みます💧)

原爆や空襲の犠牲者その多くの命を思い起こし

今の平和と繁栄がどんなに有り難いかを思う8月


今に生かされている有り難さ


8月は失われた多くの命、英霊の方々が

望み託された未来の日本の在り方を

改めて問われる

大切な機会を与えて下さっているのかな
・・・そんな気がします。

 

 

 

******************
陶磁器を通してインスタやFBでご縁を頂き

いつも美しい有田焼をシェア下さっている方がいらっしゃいます。

「東西古今」ギャラリー花伝 代表取締役 蒲地孝典さま

(有田焼き企画制作プロデューサー・輸出伊万里を30年に亘り収集研究)

蒲池さまのお兄様は長崎の原爆犠牲者(当時15歳)
辛く悲しい生々しい記録に心が震えました。


「多くの戦争犠牲者を無駄死にせず
後世の教訓にすることは我々の務め・・・」

 

とてもお辛い思い出と察しますが

亡兄さま、亡父さまを偲び毎年発信されているそうで

その志に深く尊敬の気持ちが湧きました

ご承諾を頂きシェアさせて頂きました。


 

 

(一部二部三部で構成されています)

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

76年前の8月…


それは私が生まれる前の

昔の事という気がしますが
でもほんの少し前だったんだ・・・という気もします

 

少し史実を調べ

書き出し辿ってみました

 

 


8月6日 米国が広島に原爆投下
8月9日 米国が長崎に原爆投下


特にこの8月9日という日・・・
この日は長崎に2度目の原爆投下があっただけではなく
最もおぞましく悲しい日
旧ソ連が「日ソ中立条約」を突然破棄して参戦してきた
事態は御前会議→ポツダム宣言受諾へと・・・

 

 

御前会議の様子

それは日本の敗戦が決まった瞬間

防空壕の一室で当時このような経緯があったと知りました!

どれほどの緊迫した状況かが伝わります

 

心が震えます 💧💧💧

 

他国のよくある・・・と異なり

逃亡も亡命も命乞いもなさらず国民を心配下さった天皇

極限状態において

日本の国体

一億総玉砕ではなく

こうして守られる方向に動いたのですね・・・

 

 

出典: 「日本国記」 百田尚樹著

 

( 一方、終戦前に地下室でピストル自決したヒットラーは、国やドイツ国民の事を心配しなかったのかな?

 

 


8月15日 終戦詔書

 

 


※「日ソ中立条約」とは:
両国の平和友好と相互不可侵
第三国との戦争の際、他方の中立維持などを定めた約束
(有効期間は1946年4月13日までの5年間だったのに・・・
なぜ?

 

実はその年の2月「ヤルタ会議」という秘密会議があった

スターリン(旧ソ連)

ルーズベルト(米国)

チャーチル(英国)の3者間が

ソ連が日本に参戦するならその見返りとして

南樺太とすべての千島列島を分配するとの密約 )💦

 

米国が広島、長崎と

2種類の原子爆弾実験に成功したとの知らせを受けた旧ソ連軍は

米国・英国から見返りを貰おうと (?) 終戦直前に慌てて参戦した?

しかも!
日本が降伏し日本兵がすでに武装解除後も

旧ソ連軍は8月15日以降も侵攻を止めなかったという信じがたい非道

(明らかなポツダム宣言に違反ですね)


当時日本人40万人が住んでいた北方4島を奪い
(言葉悪いけれど、それって火事場の泥棒?🔥)


さらに北海道南半分も分け前だったはずと

その見返りに軍人民間人を問わず日本人50万人を捉え

シベリアなど旧ソ連の収容所へ捕虜として連行・・・

 

ところで

ポツダム宣言の内容には

敗戦の受諾とはいえ

言論、宗教及び思想の自由

基本的人権の尊重など

たくさんの素晴らしい条件が書かれてある事を知りました。

(悉くGHQに洗脳(?)され、歪められている部分があるようですが)

でも

未だに日本は無条件降伏(?)をしたと

TVやマスコミで言われているのは

なんなんでしょう???

 

 

さて

 

この歴史の史実について

対戦国であった米国や英国、ロシアの人々は

どう理解し何を思うのだろう・・・

 

悲しい気持ちになるかな

申し訳ない気持ちになるかな

 

でも

残念だけれど

きっと

おそらく

それぞれの国の歴史観というのはそれぞれ

・・・なのかもしれません

 

8月15日という日をひとつ取っても

日本にとっては「終戦の日」ですが

米国や英国では9月2日が 「対日戦勝記念日」

中国や旧ソ連では9月3日が 「抗日戦争勝利の日」 だそうです

 

私が調べたりして知るこの史実も

やはり日本の歴史観の中での認識なのでしょうか

 

でも少なくとも

どこの国だって

自国を守る為に戦争で戦った人はすべて英雄と奉られます

 

自国を守る為

(それは大切な家族を守る為)

 

その本質の部分に感謝し

哀悼の意を表するのは

今、戦争のない平和な時代を頂き

生かされている私が忘れてはならない事で

その部分においてはどの国も共通なのかなと・・・


戦争など二度とあってはならないし

それ自体を正当化したり美化すべきでは決してないけれど
戦争にも「戦時国際法」という最低限のルールがあったそうです。


・民間人など軍事目的以外への攻撃はしてはいけないという事
・軍事的必要性を超える無差別な破壊や殺戮をしてはいけないという事等々
・・・

 

 

 

 

 

【知る権利】について

 

米国では、第二次世界大戦から戦後にかけて

国益の名のもとに政府による情報の抑圧が増大したそうです。

 

このため、【 知る権利 】 の運動が展開され

1967年に情報自由法( FOIA ) が制定。

 

現在では、日本も含めいわゆる民主主義国家は

【情報公開法】により

30年(米国は25年)経つと

秘密保護法の秘密が解除され、様々な資料が明らかになったそうです。

 

日本から米軍に押収された「焚書」と呼ばれる書籍や

多くの公文書、記録等も少しずつ開示されているそうです

そうして歴史認識が改められてきている事は

民主主義国家としてのとても尊ばれる流れだと思います。

 

✨「ある事実や事件についての記録

それは生きた証人がいる間に公開される事によって

その価値に息吹が与えられる。

記録が公開されず利用されなければ

その記録が持っている知恵や警鐘も活かされることはない。」

(米国28代ウィルソン大統領)

 

その通りですね!

 

歴史は過去の事ではなくて

歴史は生き続けている

 

歴史は開示され議論され

事実の解明を追求されるべきだと思うし

その中から反省も含め

未来への学びは尽きないと思いますね

 

 

 

あと10年もしたら

戦争の時代を生きた人々はもういなくなってしまうかも

誰も戦争体験を語れる人がいない時代が

そう遠くない内にやって来て

戦争という記憶はどんどん薄れていく・・・

少しでも耳を傾け伝えていく

私にもできる事はあるだろうかと考えてみる

 

 

 

戦争で命を亡くされた多くの方々

日本の為に戦って下さった英霊の方々

そして対戦した国々の

やはり命を亡くされた多くの方々に
心からの哀悼の意を込めて
合掌

 

 

 

✨✨✨

 

実は、私の叔父のひとりもシベリア抑留体験者でした。

父の10歳年上の姉(叔母)の20歳年上の旦那さま(叔父)

もう随分前に他界しましたが

とても優しくてお洒落でダンディで

大好きな叔父でした。

 

私が小学生の夏休みに叔父の家へ遊びに行った時に

「りえちゃん、これ読んでごらん」

と言って渡された漫画本がありました。

 

『はだしのゲン』

中沢啓治による、自身の原爆の被爆体験を元にした自伝的漫画

 

それは

私が原爆の恐ろしさを初めて知るきっかけになった漫画でした。

 

何巻あったのか全巻読んだのか覚えていませんし

その漫画が今何処にあるのかも解りません。

 

でも

あまりにも衝撃が大きく

未だに記憶に残る漫画の一コマ一コマがあります

子供ながらに、たいへんなショックだったのだと思います。

 

叔父が他界し

夫婦二人の生活だったので叔母がひとり

本の虫だった叔父の書斎の整理をしていた時に

好きな本を持っていきなさいと言われたけれど

どの本も難しい本ばかりで迷っていたら

叔母が一冊選んでくれました。

 

「沈黙」遠藤周作

 

それは今でも私の本棚にあります。

 

「りえちゃん、叔父さんはね

シベリアから生還して、キリスト教の洗礼を受けていたのよ。

だからクリスチャンだったの・・・」

叔母から初めて聞かされた一言・・・

 

 

 

日経新聞に

私の履歴書 】 というコラムがありますが

叔父は連載を書いていたそうで

その新聞の切り抜きを叔母が大切に持っていて

見せて貰った事がありました。

その叔母も他界し

その内容も、新聞の切り抜きも

今はどこにあるか解らなくなってしまいました。

 

子供だったのでよく覚えていないけれど

生前、叔父から戦争については

話しを聞いたことはなかったように思います。

 

そうだ!

日経新聞に問い合わせたら

叔父が書いていた当時の記事を探し出せるかもしれない・・・

ふと思い付きました

 

もしかしたら

語る事はなかった

または語りたくなかったのかもしれない

シベリア抑留や戦争の記憶を

叔父はこういう形で残しておきたかったのかも・・・

 

叔父の綴った連載をたぐり寄せるべきか否か・・・

でも

恐ろしいシベリアでの捕虜収容所の事が書いてあったら

ど、どうしよう・・・怖💦

 

叔父に久しぶりに会えるような期待と

そして切なさと恐ろしさが入り交じる

 

「沈黙」というその一冊の本を見つめて

自分に問いかけるも

溜息がまたひとつ

再び本棚にそっと戻し

私も沈黙のまま・・・

答えはまだ見つかりません

 

 

 

 

今回は、心が痛み重くなるような内容をつらつらと綴ってしまいました。

私自身の為にもこの8月に記しておきたいという想いから綴ってみました。

調べてみた歴史、私の認識は間違っていたり誤っていたら申し訳ありません。

ご教示下さいましたら有り難いです。

最後までお付き合い下さり、どうもありがとうございました。(*^_^*)

感謝♡

 

私は何処✨にいるでしょう?



イザナキとイザナミが天の浮橋から
矛で大地を搔き回して島を造ったという・・・
古事記の天地創造を彷彿とさせ
自然の中に神✨を感じる
そんな美しい世界が拡がっていました


ヒント: G7 Summit

      ⇓

(^^)/
伊勢志摩です♡



ホテルの部屋からの尊い眺め✨




お天気は梅雨の長雨で

燃える夕陽は臨めませんでしたが

雄大な美しさ✨

言葉にならない神秘的な大気✨に引き込まれました




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
さて
英虞湾といったら

真珠の養殖でも有名ですね♡



MIKIMOTO PEARL ISLAND へ GO!

ミキモト真珠島 (鳥羽湾)


御木本幸吉氏 と ツーショット

 

明治26年(1893年)に

この島で御木本幸吉氏が

世界で初めて真珠の養殖に成功!

 

真珠に人生のすべてを掛け

また郷土を愛してやまなかったそうです

波瀾に満ちた生涯だったそうですが

この方の情熱と成功なくして

世界の真珠養殖は生まれなかったのですね✨

 



こちらの真珠博物館を訪れれば
真珠の全てがわかるわかる~!

 


 

 

一見グロテスクなアコヤガイさま (真珠母貝)

だけどこの懐から

世にも美しい真珠が生まれる神秘✨

 

 



真珠のできる仕組みなど
担当の方が丁寧にご解説下さいました

感謝♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユニークなBoroque Pearl✨

施工する技術者のイマジネーションを

どんだけ掻き立てたことと想像出来ますね~♡

ウーン!実によくハマっています 笑

 

 

 

 

 

はぁぁぁぁぁ・・・・・ ♡ (しっかり目の保養できました)

 


真珠三昧

 

 

その後は・・・



「・・・ひとつ選んでいいよ・・・」 
この場において大抵の男性は
そう言わずにはいられない宿命💦というのが
あるのでしょうか
おっとの背中には

タラリと一本冷や汗が

流れたにちがいありません


ククク・・・

「えっ、いいのぉ~♡」

その一言を
手ぐすね引いて待っていたというのに
ちょっと驚いたりする

そのわざとらしさ~ (^_-)


そして次の瞬間

ルンルンらんらんギラギラ👀

お店のショーケースに食い入る

わ・た・し~♪


真珠の中でも

私が特に好きで集めているのが

唯一無二のバロックパール(Baroque)

 

たくさん個性的なのがあるから

形、艶、色、雰囲気・・・を吟味するのは

もうたまりませ~ん (*^_^*)

かわいいバロックちゃん、見っけー♡

 

魅惑的に輝くアコヤガイ

その懐にころりんと入った

タドポール(Tadpole)も可愛い~♡

( おたまじゃくしのように真珠質の尾があるもの )

お部屋に飾って旅の思い出 (*^_^*)

 




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
今回も最後までお付き合い下さいまして
どうもありがとうございました

 



ところで
伊勢神宮にはおみくじがない って、ご存知でしょうか?

私は初めて知りました

伊勢神宮は日本人の総氏神である
「天照大御神」さまがあらせるので
参拝するだけで幸運な事✨
吉凶を占う必要がないのだそうです

江戸時代は
ほとんどの人が徒歩で伊勢神宮を目指しました
誰もがたどり着けるわけではなかった・・・
旅の途中で命を落とす人もいたそうです
庶民にとって
お伊勢参りは一生に一度叶えたい夢✨
だから
お伊勢参りが達成された暁には
もうそれだけで・・・

「大吉」だったそうです ✨✨✨

何だかまた・・・

涙が溢れてきます・・・(T_T)💧


{お伊勢参り} が で き た ♡
素直にその事に感謝したいと思います
本当に本当に素晴らしい旅をいただきました
おかげさま✨おかげさま✨

私も「大吉」を頂き心身浄化スッキリ✨です

 

いつの日か再び

{お伊勢参り}ができますように願いつつ・・・

ペンを置きたいと思います (*^_^*)




長々と綴って参りました {お伊勢参り}Vol.1~Vol.6
最後までお付き合い下しまして
心から感謝申し上げます

どうもありがとうございました♡