令和七年七月十三(日)~一六日(水)もう一つの【英霊の聲】の巻参道から内苑まで大小三万余の献灯と三百余もの揮毫雪洞が灯る「みたままつり」✨ その灯りの1つに私の揮毫雪洞を交えていただける事ほど有り難い事はありません。
大勢のご参拝の方々と心同じく、ただただその幻想的な光景の中に身を置き
ご英霊への感謝と祈り✨がなお一層私の心に溢れて来るのでした。
実はこの揮毫雪洞の主題とした「英霊の聲」に
私が描き込めたもう一つの「英霊の聲」があります。
余計な先入観なくご覧戴きたかったので
後付けになりましたが「みたままつり」が終了しました今
私が込めたもう一つの「英霊の聲」を備忘録としてここに記しておきたいと思います。
よろしかったらお付き合い下さい。

今や世界の力学が乱れ、2025年も厳しい節目の年でしょうか。
大きなグローバリズム化のうねりの中に、どの国も舵取りが困難な中
東アジアの一角に佇む世界一長い歴史を刻む
小さいけれど美しい稀有な島✨そんな日本も
人口が減り移民が増え、政界や司法に限らず
土地、インフラまでも外国資本に侵蝕され、疑いなく國體が危ぶまれている。
そんな危機感を私のような市井の者でも目にも耳にも感じるようになりました。
そして今年令和七年は、三島由紀夫生誕百年という節目
年頭の1月14日(三島由起夫の誕生日)の催しに始まり
様々な企画展に足を運ぶ機会に恵まれております。
そう・・・今年の揮毫雪洞の主題は三島由起夫にしよう!
私がそう思ったのはとても自然な感覚でした。
ところが💦
雪洞の白い和紙を広げたものの・・・何を描こうかしら
小説家「文」として、武人の「武」として
どちらも欠くことはできない「文武両道」の三島由起夫
よくよく考えてみたら
私如きの浅はかな者が表現出来る世界ではないのです。
形にできない幻影が浮かんでは消えるばかり・・・
・・・何かしら?
封書のほうは靖國神社からのもので
前年の揮毫雪洞に描いた私の作品が「揮毫雪洞選輯」の十選に選ばれましたという
夢のような有りがたいお知らせ✨
絵葉書にして頒布する際の承諾書が同封されていました。
最初は信じられなくて何度も読み返し・・・
高名な書家や画家が並ぶ中でなぜ私の拙作が?
何かの間違いではないかしら・・・
でも宛名も同封の写真も確かに私の・・・
そしてジワジワと驚きと喜びで感極まるまで
暫く時間が掛かったように思います

。
小包のほうは、以前に古書店に頼んでおいた本で「三島由紀夫著 英霊の聲」
そう、その靖國神社からのお知らせと申し合わせたように重なって届いた「英霊の聲」・・・
その時でした
私はそれがまさに
三島由紀夫の本の中の英霊から届いた
「英霊の聲」だと錯覚してしまったのです。
「昨年、内苑を飾る300もの揮毫雪洞を楽しませて貰いました。
貴女が描いてくれた揮毫雪洞も拝見しました。ありがとう。
私たち(英霊)は貴女の雪洞が十選に選ばれるように采配を振るったので喜んで下さい。
その代わり、私たちの聲を届けてほしい。
私たちは後に続く人々に祖国日本を託し、親、兄弟、愛する人々を守る為に戦い往きました。
再び靖國で会おう、そう約束して命を捧げました。
でも今の我が國日本は・・・
私たちが託した國になっているだろうか。
私たちの想いは届いているだろうか、忘れられていないだろうか・・・」
そんな英霊の聲が・・・聞こえてきたのです。
一気に「英霊の聲」を通読しました。
そして
ぼんやり煮え切らなかった頭にスイッチが入ったように✨
・・・そう
その「英霊の聲」を
揮毫雪洞を通して伝えなければ・・・
それまで何を描こうか
アトリエの机の上にあれこれ引っ張り出して
眺めているばかりだった本や資料の断片が
まるで操られるかのようにサラサラと繋がり出して
そうして「英霊の聲」の構想が
ようやく出来上がったのです✨

などてすめろぎはひと(人間)となりたまいし。
などてすめろぎはひと(人間)となりたまいし。
などてすめろぎはひと(人間)となりたまいし。
そのリフレーンに重く響いてくる寂寥感
その深い意味の全ては計り知れないけれど
どうして「英霊の聲」に耳を奪われないでいられよう
先人がずっと護り尊んできた天皇という根源的國體
ゾルレン(当為)としての現人神(あらひとかみ)が天皇であり
ザイン(実在)としての天皇ではない
二・二六事件の青年将校も特攻隊勇士も純粋で崇高な憂国士でした。
死をもって護国の英霊となった瞬間に神となられたのですから
そのいと高いところに神である天皇が輝いておられる
そこに不滅の根源、死の栄光の根源があり、歴史を繋ぐ唯一条の糸があった・・・
國體とは、
日本の歴史的連続性・文化的統一性・民族的同一性のかけがえのない唯一の象徴
日本人ひとりひとりである 一にして多 多にして一の✨
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[観世宗家 幽玄の華] 表紙の小面を参考にした。
全体の意図:
三島由起夫は古典文学や日本の伝統文化をとても愛し尊重した方だった事は言うまでもない。代表的な戯曲集「近代能楽集」がある。遺作となった「豊穣の海」四部作は古典文学の「浜松中納言物語」の典拠であると述べ輪廻転生を描いている。(ここでは三島由起夫の著作「英霊の聲」の内容と、自衛隊に決起を呼びかけ自決した詳細については割愛させていただく。)
戦後八十年が経っても英霊は國を憂い続け、後の世の私たちを眺めているだろう。すでに英霊は輪廻転生している者もあるかもしれない。能面は、霊界からの使者である。そこで「英霊の聲」は小面(十代の若い娘の能面の総称)に見立て、如何様にも表情を醸し出し、その「聲」を天高く舞う山桜の花びらに重ね描いた。昨年の作品にも描き入れたのと同様、右上の窓に描いた桜紋は靖國神社内の遊就館の一室の壁紙紋様を参考にさせていただいた。
「英霊の聲」の一つ一つの文字は、永遠や繁栄の吉祥紋様である唐草(丁子立涌唐草文 男子の公家装束に用いられる古典紋様の1つで轡唐草とも言われる)で囲み、英霊の想いが永遠であり、今を生かされる私たちと共に繁栄する事を願って装飾した。


丁子唐草の窓の1つに、三島由起夫のモノグラムMYを入れた。
それは著作の中で三島由起夫が代弁した「英霊の聲」に心が震え
三島由起夫を何処かに描き加えたかった私の想いである。
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三島由起夫は、日本の優雅さと美という伝統の究極の継承者だと自認されていたそうです。
「文武両道」の「文」は不朽の花を育てること「武」は花と散ること (「太陽と鉄」より)その中には三島由紀夫が憧憬する一双の秘密があるのかもしれません。
相反するようであるけれど
どちらにおいても根底には究極の「優雅」があるのではないか
そんな事を感じました。
どこまでその尊い「英霊の聲」を伝えるツールとして表現出来たでしょうか
最後はなかなか筆を置くことができませんでしたが
ある朝、意識の遠くから頭の中に繰り返し繰り返し響く旋律が聞こえ・・・
そのリフレーンはだんだん大きく響き促されるように目が覚めました。
・・・どうして?
なぜならそれは
三島由起夫の世界を慕い陶酔するように
生誕100周年(令和7年)
三島由紀夫に寄せて~永遠の回想~と題して収録編集した
私自らが弾いている旋律♪のリフレーンだったのです・・・
(🎼ヘンデルのパッサカリア)
今年2025年1月14日は三島由紀夫氏の生誕百年
生きていらっしゃれば百歳の節目
私は様々な小説や評論を読み進めながら
精一杯の感謝の想いを込めて纏めた拙作動画でした。
暫く横になったまま、私は天井を見つめていました。
「もういいよ、筆を置いて下さい。ありがとう 」
ついに三島由起夫からのメッセージが降りてきた
・・・そう直感したのでした。
(独りよがりとは・・・こういうコトなのでしょう)

銘を入れ円筒に収め
そうしてその翌日
靖國神社へ持参し無事にご奉納に至りました。
そして拝殿で手を合わせ英霊に・・・ご報告したのでした・・・

昨年の私の揮毫雪洞の拙作が三百余の中から十撰の一つに選ばれるよう
采配を振るって下さった(?)お礼と共に。

本の中の「英霊の聲」も「三島由起夫のメッセージ」も私の思い悩んだ脳が作り出した
「聲」であり「メッセージ」だったのかもしれません。
例えそうであったとしても
霊性の中に私に託して下さったと感じ取れた感覚は
尊いものであり温かさを覚えるのです。
そんな神秘性や不思議を感じ
迷いながらも筆を運んだ時間
霊性が身近にある事が有難く心地よいと思える年齢に
私も達したのかもしれません。
あなたの人生の主役はあなた
あなたの人生にある目に見えるものも見えないものも
「生きるとは、自分の物語を作ること」
(いつか何処かで読んだ本を思い出しました)
ご英霊への感謝と哀悼の誠を捧げます。
そして三島由起夫の
これほど純粋な憂国の魂を私は他に知りません。
その永遠の魂と共にありたい✨
そう祈りました。
~ 追記 ~~~~~~~~~~
最後に迷いましたが・・・やはり追記しておこうと思います。
「みたままつり」の期間中、多くの方々が
私の揮毫雪洞にも足を留めてご覧下さいました。
最終日の夜のことでした。
「あっ・・・三島由紀夫の「英霊の聲」だ・・・」
そう言いながら真っ直ぐに近づいて来られた2人の青年がいらっしゃいました。
ちょうど居合わせていた私は、その声に驚くと同時に嬉しくて
横から声を掛けてしまいました。
「お若い方なのに、三島由起夫の「英霊の聲」をご存知なのですか?」
私が描いた揮毫雪洞である事を伝え、驚かせてしまったようでしたが
写真を撮ってもよいですかと、写真を撮って下さいました。
実は、本の中の「英霊の聲」を描き込めたんですよ。
この丁子唐草の光の窓からのたくさんの「英霊の聲」を
聞くことができるようにと思って・・・そう永遠に・・・
私の拙い説明を興味深げに頷きじっと聞いて下さり
しばし会話をしたのでした。
✨
後日、写真を整理していて
二人の青年を改めてよく見ると・・・?
なぜか笑っていません
口を結んでいます。
思い詰めたような眼差しでこちらを見ています。
・・・あぁ
そうかもしれない
先の大戦では多くの二十歳前後の若い青年が散華された・・・
そう思った瞬間 重なってしまったのです・・・
涙が溢れてきました。
英霊の生まれ変わり・・・✨
ご本人お二人も勿論 知るよしもない前世
私の勝手な妄想・・・
この期間、友人や知人、初めてご縁をいただいた方も
ご一緒に撮った写真はどれも笑顔で映っているのに
このお二人だけは・・・どこか寂しげに遠くを見据えて・・・
友人同士のようでしたが、周りは若いカップルが多い中
こんな青年が二人だけで夜の御霊祭りに遊びに来るのかしら
たまたま通りかかったのか、ご先祖様が祀られているのか
ここに来る前に何か悲しい事があったとか
この後何処に向かうとか
そんな事は私のあずかり知らないことですね。
どんな会話をしたか思い出そうとしました💦
ところがなぜかどうしても思い出せない💦
会話の内容が不思議な事に思い出せないのです💦
そして別れ際の記憶もないのです
何を話したかはどうでもよくて
英霊が・・・私の側に来て下さった
これも私の妄想かも知れません
例え妄想でも
今でもこの写真を見る都度、私は涙が溢れてきます
若い英霊は結婚をされてないので、妻も子供もいません。
戦後80年も経つと、自分を知っている身内の多くはすでに旅立たれているでしょう
子孫を残されてないので、いつしか自分の存在は忘れ去られてしまう
そんな若い御霊はここ靖國で同じ若い御霊と再会しているのかもしれません。
来年もきっとまた靖國でお逢いしましょう!
あなた方の事は決して忘れません。
感謝と共に・・・
そう語りかけずにはいられないのです

戦争を好む人など世界中どこを探してもいません。
先の大東亞戰爭は自尊自衞の為に戦って下さいましたが、計り知れない痛みと悲しみが刻まれました。
この戦争から学ばなければならない事は、日本が二度と戦争をしなければならない状況に陥らない為、巻き込まれない為、どうあるべきかをお一人お一人が意識し、政治に常に意識を向ける事ではと思います。
戦後、戦勝国GHQのWGIPで埋め込まれた誤った自虐史観から脱し、日本は日本の歴史認識を持つ事だと改めて思います。
そして、英霊への感謝を忘れない事ではないでしょうか✨